見よ灰色の脳細胞

 ソリティアというと、ウィンドウズ付属のカードゲームを連想する人が多いのではないかと思う。ところが、どうも「ソリティア」というのは一人で遊ぶゲームの総称であるらしく、世の中にはソリティアという名前のついた他のゲームが結構存在している。それに、よく考えてみればコンピューターゲームは「二人同時プレイ」「ネットワーク対戦機能搭載」などとわざわざ断らない限りすべて一人で遊ぶゲームなので、わざわざそんな名前を付属ゲームに付けたマイクロソフトの考えはやっぱりよくわからない。例えて言えば、飼い犬に「犬」という名前をつけるようなものだろう。だいたい、マインスィーパーやフリーセルにしたところで、やっぱりソリティアなのである。ハーツは違う。

 さて、そんなソリティアと呼ばれるゲームの一つに、32個の駒とそれを置く穴で遊ぶ次のようなゲームがあるのをご存知だろうか。

  000
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000・000
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  000
  000
移動前   移動後
00・ → ・・0
↑これを   ↑↑ここへ動かす
       ↑これは取り除かれる
0 駒   ・ 空き

 ゲームにはこういう盤を使う。駒を置ける所は合計33箇所で、上のように最初は盤の中心に一つだけ空きがあるように並べる。駒は一度に一つ、他の駒を一つ飛び越して上下左右に移動できる。飛び越された駒は盤から取り除かれる。他の駒を飛び越せない場合は移動できない。つまり、1回駒を動かすたびに必ず一つずつ盤上から駒が取り除かれることになる。うまく行けば最後には一つ残してすべての駒が取り除かれてしまうことになって、これがゲームの目標となる。

 このパズルは、専用の盤と駒のセットを売っているのを見かけるが、これが無くても、砂場の砂の上に窪みを付けて、ビー玉を並べれば遊ぶことができる。将棋盤や、チェスのセットがあれば代用させてもいい。また、パソコンの上で動くゲームにもこれを題材にしたものがあって、かつて父が自分専用のマックを買ったときに、おまけソフトとして付属してきたことがある(「T・Break」, (C) 1996,INFOCITY)。コンピューターが並べてくれるとなると面倒がなくていい。しばし家中でこのゲームに熱中することになったのだった。

 本題はこれからだ。やってみたことのない人にはなかなかわかってもらえないのではないかと思うのだが、このパズル、フィーリングだけで動かしていたのではまず解けない。適当に動かしてゆくと最初は調子よく駒の数が減ってゆくのだが最後に必ず二個か三個、取れないで残ってしまう。このあと二個というのがくせもので、何度試してもいつも残るのは二個か三個で、ちっとも解答に近づいているという気がしない。だいたい、残り二個というところで取れなくなってしまうというのは、それはもう完膚なきまでに間違っているのであって、たとえば、いつもあと三個で終わっていたのに今回はあと二個になったから私は上達したのだ、ある程度手順が間違っていないのだ、ということにはならない。学習効果が働かないのだ。一手ずつ手順をメモしてどこで間違えたか考えて、手順を組み立てて行けばよいのだろうが、私の性格からしてとてもそんなことはできない。つくづく、私はこの手の忍耐力が必要なパズルには向いていないのだ。

 さらに情けないことに、この「T・Break」にはハイスコア登録機能があるのだが、二個残ったとか、三個残ったとかいう記録が残るのではない。最低限、一個残った、という正解に達した上で、どれだけ手数を少なくできるかを競うのである。ここで手数というのは、いくつの駒を動かしたか、ということである。一つの駒を連続で動かして次々に他の駒を取っていった場合は一手と数えて、できるだけ少ない手順であと一個にするかを競うのだ。なにか、とにかく二五メートル泳げるようになろうとバタ足の特訓をしている私の横でタイムを競っているような印象がある。

 業を煮やした私は、本棚をあさって解答を見つけてきた。そう、わたしとてダテに四半世紀を生きてきたわけではない。二五メートル泳げない場合はステルス・フローターや水上バイクを使えばいいということを知っているのだ。アンチョコは、マーチン・ガードナーの「数学パズルI・II」という本で、講談社ブルーバックスの中の一冊だ。やはりここでも、駒があと一つになるのは当然として、さてその残った駒がどこに来るようにすれば美しいかとか、最低手順は何手であるのか、それは数学的に証明できるのか、といった、大変高度な話題になっている。

 これによれば最小は17手。実は、ガードナーがこの話題をサイエンティフィックアメリカン誌の有名な連載で紹介したときは、ガードナーにしては迂闊なのだが、18手が最小と述べた。この連載にはアメリカ中の暇人がフィードバックをよこすことで知られていて、ガードナーの連載をより実り多いものにしていたのだが、今回も、さらに優れた、17手という解が読者から寄せられており、このエピソードとともに紹介されている。盤面を符号化した形で、ちゃんと完全な解答が掲載されているから、自分で再現することもできる。

 私もコンピューター上の駒を解答どおりに動かしてみることにした。一手一手確認しながらたどたどしく三一回マウスをドラッグすると、なんとも不思議なことに盤上にはたった一つの駒しか残されていなかった。ファンファーレが鳴り響いてハイスコア登録画面になる。私は名前を登録すると、なんとも不健康な勝利を手にしたのだった。

 その後、しばらく父の元には帰っていなくて、数ヶ月ぶりに帰省したときになんとなくハイスコアを覗いてみたと思って欲しい。そこにはたった一つ私の名前が載っているだけ…ではなかった。そこには父の名前が並んでいた。17手、18手、20手というようにいろいろなスコアが並んでいるので、私のようにズルをしたのではないことは明らかである(20手の解答のような中途半端な解答がどこに載っているというのだ)。恐ろしいことに、父は自力でこのパズルを解き、のみならず、ガードナーが自分の連載のときには気がつかなかった世界最高記録まで導きだしているのだった。私は驚愕した。

 父さん、他にやることがなにもなかったのでしょうか。母さんとうまくいってますか。


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