伊豆へ

 知らない人を連れてゆくと、かならずその奇観に息を飲む。それが伊豆・大室山である。温泉地として有名な伊東から南に数キロ。関東の人には比較的なじみの深い観光地なのかもしれないが、もともと関西の人間である私には、伊豆というのはほとんどなんの予備知識もない土地であって、「伊東に行くならハトヤ」も肝心のコマーシャルそのものを見たことがないくらいである。何の話か。大室山の話だ。もう一年も前のことになるが、私が初めて大室山を見たのは、「伊豆シャボテン公園」を一巡りしたあと、最後のサボテン販売所の窓からであった。それまで夢にも知らなかったこの山容が、いきなり温室の窓の向こうに現れたのである。どうにもなにかの冗談に思えてならなかった。

 大室山を一言で説明するなら、花札の「坊主」である。たぶん雨風の侵食をまだ受けていない新しい火山、ということなのだろう。アニメの「日本昔ばなし」とか、初期の「ドクタースランプ」の背景に出てくるような、そんな完璧にまるい、高さ五〇〇メートルあまりの孤峰に、背の丈の低い植物(屋根の材料によく使われる「カヤ」らしい)だけが生えている。こういう姿を見ると、人はなんらかの反応をしないではいられない。今回、私が二度目に訪れた伊豆で、車内から大室山が見えたときも、車内は私以外の人間からの歓声で満たされることになった。

 そう、何の反応もしないのは「人」ではないのかもしれない。私は、その日、車内で一人息も絶え絶えだったのである。

 北川温泉という、伊東を過ぎて少し先にある小さな温泉地でその前の晩を飲み明かした私たちは、自動車で引き返してきて伊東のあたりで観光を敢行していた。ところが何の呪いなのか、私は完全に飲みつぶれたまま、二日酔いの濡れタオルのような体を、ひたすら車内に横たえていたのだった。

 そもそも、その朝、旅館で目が覚めた瞬間から、普通なら今日は一日動けない日だ、と私は思っていた。かすむ頭で考えてみても、昨日はウィスキーを何杯飲んだやら、少なくともロックで十杯は飲んでいそうだったのである。日本酒も飲んだ。ビールは数限りなく飲んだ。他人のカクテルを勝手に飲んだりもした。よほどフロントで延泊の手続きをしようかと思ったくらいである。どうして他のみんなは、平気だったのだろう。やはり呪いとしか思えない。

 三歩あゆんでは立ち止まるほどの気分の悪さにもかかわらず、こういった二日酔いの状態というのは、ゆらりと立ち上がってもトイレに駆け込んでも、エレベーターで瞑目しても海を見ていても、カメラに向かって微笑んでもVサインを出しても、とにかく笑いになる、ということを発見してかならずしも悪い気はしなかったのだが、それもスケジュール通り車が帰路につくまでのことだった。たちまち車の揺れが、私の胸を容赦なく揺さぶって、忘れかけていた昨晩の無謀な行いに関して払い戻しを請求しはじめたからである。

 そして大室山である。こんな私が、大室山に歓声をあげる気分ではなかったのはしかたのないことだっただろう。その時の私の状態をドラクエで例えると、「どく」を受けたローレシアの王子が棺桶を二つ引きずっているような状態だった。ああ、どんなにキメラのつばさが欲しかったことか。

 さて、事前の計画無しに観光をはじめて、ある意味暇をもてあましている私達の今後の方針が、あの奇観を呈する大室山に登るのである、と決定されるのは当然のことだった。私は、途中寄った城ヶ崎(駐車場そばのベンチから一歩も動けなかった)で買ったスポーツドリンクを抱えて、力なく同意した。しかし、現実問題として、登れるのだろうか、今の私に。

 成算は、あった。まず、登るといっても、歩いてではないのだ。観光地である大室山には、ふもとと頂上を結ぶ、スキー場にあるようなリフトがちゃんと用意されており、それに乗るのである。また、ここまでの道のり、車の中でずっとくたくたと身を横たえていた私は、わずかながら体力が回復しているようにも思えた。さらに、頂上は風もあって、登ればさぞかし気持ちがいいだろう、と思えた。もう一つ言えば、そもそも私をここまで追い込んだ原因でもある、私という人間を構成する調子の良さが、地上で待つことを是としなかった。

 ところが、リフトに乗ったとたんに成算は、大室山のリフト乗り場で売っている「シャボテンアイス」のように溶け去った。地上から数メートル上昇した地点で、私の敗北はもはや決定的なものとなった。リフトは、風があるわけでも、誰かがゆすっているわけでもないのに、揺れているのだ。揺れるものなのである。ワイヤーを支える支柱の車輪にゴンドラが乗る。ごとごとごとと揺れる。その揺れは減衰しながら次の支柱まで続く。そしてまたごとごとごと。もともと大きくなかった破局へのマージンは、リフトが頂上につくまでに完全に消滅していた。ノッケー、リーチ。

 で、どうなったか。頂上の売店のベンチで大の字になることになったのである。大室山の頂上は、噴火口のなごりのすり鉢状になっており、その周囲直径三百メートルくらいが遊歩道になっている。元気にも噴火口一周にでかけた連れたちを見送って、私はベンチで間抜けなくらい青い空を見上げていた。遊歩道から飛び立つパラグライダーが、ひとつぽっかりと空中に浮いている。輝くような緑に覆われた噴火口の底(そこまでも、ざっと百メートルはある階段を降りてゆかなければならない)では、だれかが貸し出しのアーチェリーを引いて、マトに当てたり当てなかったりしている。私はといえば、ただただ、涙をたたえた目で空を見上げて、すっぱいものが上がってこないかどうかに恐怖していた。

 そう、上がったものは降りなければならない。帰りもまた、リフトなのである。今またごとごとごと攻撃に会うと今度こそリフトから下のゴンドラに向けてなにかを、ええととにかくなにかを撒き散らしてしまうのは確実なので、私としてはいま不用意に動き回って体力を消耗することはできないのだ。この青空の下、私は吹雪の晴れ間を待つ登山家のように、嵐の去るのを待つ船乗りのように、ひたすら体力の回復を待った。この試練に耐えれば、あとはまた自動車の中で溶けていられる。それだけを信じていた。

 結論から言えば、私の試練はこれで終わりではなかった。この後寄った「伊東ひものセンター」のミリン干し匂い攻撃が、私を待ち構えていたからである。とはいえ、それはまた、別の物語だ。


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