私がかつてアメリカに行ったときに感じた印象の一つに、自動販売機の販売品目が貧弱だ、ということがあった。言葉が自由とは行かないので、自動販売機に頼りたいところがあるわけだが、コーラ、ファンタのような炭酸飲料の他は、せいぜいオレンジジュースのような果汁飲料があるだけなのである。日本だと、どのメーカーの自販機でもこれに缶コーヒーとスポーツドリンク、それにウーロン茶が入るわけで、こう考えるとアメリカでダイエットコークのような飲料が一般的(レストランのメニューには大抵ある)なのはうなずける。あとは高カロリーのものしか売っていないわけなのである。
私にとって缶コーヒーは昔からあるもので、あって当たり前のような気がしているが、残りの二つ、スポーツドリンクとウーロン茶については、どちらも最初見たときは誰も買わないだろう、と思った。まず、お茶などというものを金を出して買うやつは馬鹿だ、と最初思っていて、しかし今や結構重宝しているのは私だけではないと思う。
スポーツドリンクのほうは、嚆矢というとやはり「ポカリスエット」ということになるのだと思うが、初めて飲んだときは、普通の缶ジュースより高価だったそれを兄弟で分けて飲んだのだが、兄弟の間で「スイカの絞り汁である」という一致した見解に達した。それも、甘味の多い市販のスイカではなく、大小入り交じって収穫され納屋に十も二十も転がしてあった自家製の、瓜と紙一重のスイカである。つまり、今後買う必要をいっさい認めない飲料ということになったのである。
それが今や結構頻繁に飲んでいるので慣れというのは妙なものである。味も最初の頃のものより改良されているのだとは思う。私は大学生の時、昼ご飯を生協食堂でとっていたのだが、ある一時期、そのお供に必ず一本、なにかスポーツドリンクを買って飲んでいた。無料提供されているお茶でいいようなものだが、習慣になってしまったのだ。生協の自動販売機にそれほど販売品目が多いわけではなく、数種類をぐるぐると取っ換え引っ換え飲んでいたわけで、よく飽きなかったものだと思う。
そんなある日のこと、私は友人とそうしたスポーツドリンクの話をしていて、あんなものはみんな同じだ、という話になった。私は、なにしろ水分補給をほぼスポーツドリンクに頼っていたような状態だったので、そんなことはない、あれはあれでみんな違う、嘘だと思ったらアクエリアス、ポカリスエットあたりのスポーツドリンクをコップに入れて俺に飲ませてみてくれ、それが何であるか全て当ててみせよう、と主張した。「利きスポーツドリンク」をしようというのである。よろしい、では昼食一回をこれに賭けることにしよう、と話がまとまった。
友人は、生協の食堂のテーブルに私を残して、三種類のスポーツドリンクを自販機で買ってきた。私が後ろを向いている間に、食堂備え付けのプラスチックのコップにそれぞれを注ぐ。その作業をしているらしい友人が、なにか変な声を出した。
「あー、うむ」
「なんだ、もういいのか」
と、後ろを向いたままの私が聞くと、友人は、困ったような口調で、こう言った。
「やっぱり賭けは、止めよう。当てたら、……このドリンクを買ってきた金を、お前が出さなくてもいいことで、どうだろうか」
どうも、コップに注いだスポーツドリンクの色の違いで、既に見分けることは不可能ではないことに気がついたらしい。なんというか、みみっちい話ではある。ジュース三本で当時三三〇円、生協の豚カツ定食は三六〇円だったのだ。
「なにを言っているんだ。王家の血筋の者に二言はないはずではないか。いいからキサマは、お好みカツ定食を俺におごるのだ」
もちろん彼は貴種などではないのだが、なぜか当時その友人は「火星の王子」を名乗っていたのだった。ちなみに私は対抗上「古代帝国の神官の転生者」を名乗っていた。これは、いかにでたらめな、しかしもっともらしい嘘をつけるかを競っていたのであって、別にオタクとかトンデモさんとかそういうことではない。
「さあ、試させてもらうぞ」
私は、コップに向き直ると、端のコップをのぞき込んだ。白く半透明の液体が入っている。これを見ると私は今でもちょっと「ドルアーガの塔」に出てくるアイテム「ホワイトポーション」を思い出してしまうのだが、あなたはどうだろうか。私は、この液体を一口、口に含んで飲み下すと、しばらく考えて、言った。
「アクエリアス、だな」
「ぐむ、そうだ」
憤懣やる方ない、という口調で火星連合王国の王位継承者はそう認めた。
利き酒の場合、一種類の酒を飲んだ後、前の酒の味が混ざらないように水で口をゆすぐ。ご丁寧に、水をいれたコップも用意されていたので、私はそれを一口含んだ。もっとも、生協の水道である。かえってカルキ臭くて利きスポーツドリンクの障害になりそうではあった。
「では次だ」
二つ目のコップの液体は、さっきよりもやや透明度が低い。私は口にその飲料を含む。さっきよりも甘い。これは。
「ポカリスエットだろう」
「むう」
友人は、何故俺はこんな馬鹿な賭けに応じてしまったのだろう、とでも言うように天を仰いだ。
「さあ、あと一つ」
「…」
と、ここで私ははたと悩んでしまった。
「なんだろう」
アクエリアスに似ている。しかし、アクエリアスよりももっと硬い味がする。甘味も薄い。これは。
「わからないか」
突然私はひらめいた。
「いや、待て、分かった。ほら、あれだ。サンガリアの」
サンガリアというのは関西以外にも出荷しているのだろうか。いちにーサンガリア、のコマーシャルで有名な、しかしマイナーな飲料メーカーである。最近ではパイレーツがその肉体的特長を生かしてミルクコーヒーのコマーシャルに出演していた。
「サンガリアの、なんだ」
「だから、サンガリアの、スポーツドリンクだ」
友人は、大阪夏の陣の前の徳川家康ってこんな感じだったのかな、という顔でうなずくと、こう言ったのだ。
「名前を正確に答えないと、正解とはいえないなあ」
「だから、あれだよ、あれ」
私は、必死でこのポカリスエットを模した青い缶に書かれていた商品名を思い出そうとした。確か、ポス、ポス何とか。
「サンガリア・ポスドリンク↑」
語尾が上がっているのである。
「外れだ」
答えは、ヤクルト・ストライカーだった。私がドリンク代とチキンカツ定食代を出す羽目になったのは言うまでもない。