アカイスイセイ

 私が小学生の頃大いに流行したアニメに「宇宙戦艦ヤマト」というのがある。これをご覧になっているあなたの年代によってはほとんど説明不要かと思うが、細かいところを忘れている人がいるかもしれないので書いてみると、物語の冒頭の時点で、地球はガミラスと名乗る異星人にかなり追いつめられている。このやられかたというのが、もう瀬戸際というかめちゃめちゃもいいところで、「遊星爆弾」という遠距離(たぶん核)ミサイル爆撃によって散々に地表を叩かれたあげく、地球の海がほとんど蒸発してしまっているのだ。ここまでやられると、物語の目的である放射能を除去する云々はほとんど大勢に影響ないような気もするが、とにかくこの干上がってしまった地球の、かつて海の底だった場所から、むかし沈没した日本軍の戦艦「大和」の残骸が顔をのぞかせる、というシーンが描かれる。

 この大和の下で偽装しながら艤装が行われた新造宇宙戦艦「ヤマト」が、やがて地球の命運を担った航海に出るべく地面を割って離陸するわけだが、最近、沖縄近海で沈んだ本物の戦艦大和の潜水調査が行われ、大和はあんな感じで沈んでいるのではない、ということが分かった。なんでも艦首と艦尾が二つに折れ、艦橋がもげて主砲が転げだしているような状態らしい。けっこうバラバラになっているもので、大和に加えられた攻撃がいかに激しかったかを物語っている。というより、戦艦というのはそれは頑丈なもので、いっそここまでやられないと沈没などしないということかもしれない。

 さて、この「戦艦」という種類の船が、もう建造されなって五〇年近く経つ古い艦種であるということをご存知だろうか。「戦艦」は軍艦、つまり軍隊の船全体を指す代名詞のように使われる言葉であるが、実は第二次世界大戦の時にはもう費用対効果の点であまり戦力にならなかった兵器であり、太平洋戦争を通じて使い道がないことが完全に暴露されてしまった艦種なのである。時代は、飛行機と、それを運ぶ空母へと移ってゆき、それは今も変わっていない。スーパーコンピューターが技術の進歩で小型化されてかつての巨大なコンピューターというイメージにそぐわなくなっても、今ある一番速いコンピューターをスーパーコンピューターと呼ぶのだと思うが、戦艦に関して言えば現在ある一番大きいクラスの軍艦を「戦艦」と呼ぶわけにはいかないものらしい。かつては補助艦艇のひとつだった「巡洋艦」というクラスが、今ある軍艦の中で一番(一対一で殴りあって)強い水上艦ということになっている。

 やがて人類の活躍の場が移ってゆくに違いない宇宙において、この戦艦という艦種が復活すると予想する物語は多い。宇宙を渡るための乗り物を最初に「船」と名付けた人はなかなかセンスがあると思うが、水上のものとごっちゃになってややこしいから、といってこれにつけるにふさわしい他の名前はなく、やっぱり宇宙空間で戦争するということになったら、船に兵器をつけて「軍艦」と呼ぶだろう。で、そのうち一番大きくて重武装なのを「戦艦」と呼んで悪いわけはないのである。こう口に出すのはなんだか恥ずかしいのだが、宇宙戦艦だ。うわ、本当に恥ずかしい。あなたも小声で「うちゅうせんかん」と言ってみて欲しい。ひゃあ。「ワープ」とか「テレポーテーション」なみに恥ずかしいぞ。

 宇宙戦艦の、宇宙における戦闘を考えるうえで、海や空での戦いの常識と大きく異なるところは、速度と加速度の持つ意味が全く違うという点である。慣れないうちは忘れがちだが、宇宙空間では、ある速度を持った物体は、そのままの速度でどこまでも飛び続ける。どこかで止まろうと思ったら、逆方向にロケットを吹かすなどしてブレーキをかけてやらないといけないのである。

 そうなるとどうなるか。まず、地上の乗り物全て(兵器も含む)で重要だった「最高速度」という性能がまったく違った意味を持ちはじめる。海の上の船や、空中を飛ぶ飛行機は、積んでいる機関を一杯に働かせた状態が最高速度で、以下、出力を弱めると水や空気の抵抗で減速し、どこか平衡点でおちつくことになる。つまり、その乗り物がどれだけの速度を出せるかというのが、その乗り物の持つ推進機関の最大出力、すなわち足回りの全般的な性能の目安になるのである。
 宇宙においてはそうではない。水や空気のような抵抗がこれといってないので、同じ方向に燃料のかぎり加速し続けると、どんどん速度は速くなってゆくことになる(まあ、光速までは)。だから、足回りの性能の目安としては、むしろ「加速度」を使うべきである。どれだけ俊敏にその乗り物が加速し、減速し、方向転換ができるかというのが、その乗り物に積まれた機関(たとえばロケット)の出力が相対的に高いことの尺度として使われるのだ。一方、宇宙空間における最高速度は、その乗り物が燃料を全部使い切ったときに(それをやると目的地に止まれなくなるから、実用的には半分使い切ったときに)どのくらいの速度になるかという、燃料タンクの大きさに深く関係した数値になることになる。これを「最終速度」という。数字としての性質は地上における「航続距離」、一回の燃料補給でどこまで進めるかという値に近い。

 ところで、「機動戦士ガンダム」という、これもアニメに出てくる兵器に「シャア専用ザク」というのがある。「ザク」という名前をつけられた量産されている人型兵器(「モビルスーツ」と呼ばれている)の、エースパイロット用に特別に強化された機体で、シャアというのはそのパイロットの名前である。彼は、なにしろエースパイロットなので、格好良く自分の機体を赤く塗ったりしている。敵に狙われやすくなるわけだが、そんなものは実力で跳ね返すのだという自信とプライドを表したものだろう。

 さて、このシャア専用ザク、「通常の(ザクの)三倍のスピード」という有名な形容が物語中でされており、今でも赤く塗られたものを見たら、シャア専用だとか三倍の速度がある、とボケを入れるのが通例になっているわけだが、いくら指揮官用のカスタム機でも、量産機の三倍の速度を出すのは無理だろう、と思うのが普通だろう。乗用車として市販されている自動車をレース用にチューンしても、まさか三倍の速度が出るわけではあるまい。物語中で劇的な進歩の中途にある「モビルスーツ」だから、量産前の技術などを試験的に投入されているなどして、自動車の例よりはやや強力になっているかもしれないが、三倍の速度を持たせるような技術があるのなら量産型の性能をもう少し引き上げることもできそうではないか。

 そう、三倍のスピードというのは、先程触れた、宇宙空間における速度なのである。宇宙では、最終速度はその機体の持つ出力を表すものではない。その機体が、燃料をどれだけ積んでいるか、どこまで効率よく加速できるかを表す数字なのだ。おそらく、シャアは、装甲を削るなどして機体を軽量化するとともに燃料を大量に積載し、また、ザクというのはなにしろ手足があるので、これでなにか重量物(敵の残骸とか、敵の戦艦とか)を投げたり蹴ったりして加速して、通常のザクの三倍のスピードで移動することを得ているのだろう。他のザクも、シャア専用ザクと同じ速度を出せるのかもしれないが、燃料をむだ遣いしてそのような機動をすると、あっというまに燃料が底をついて戦闘不能になってしまう。シャアはそのへんが実に上手いのではないだろうか。もちろん、戦場を地上に移したときには、この速度の差は三倍ほどの開きはなくなるのは当然だ。

 とまあ、思い付きをとくとくと語ってきたわけだが、私よりも詳しくて深いファンがツクダニにするほどいるガンダムの世界のこと、同じような議論が過去に一度もされなかったはずがない、という気がしている。もしもこれが、伝統的なガンダムの解釈と食い違っていて、あなたがこの説をよそで披露して袋だたきにあっても責任は取れないのでそのつもりで。それから、ええと、あれだ。ジークジオン。


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