いつかカッパに会うために

 「SETI@home」というプロジェクトについて、ここでもしばしば話題として扱ってきたので、ご存知の方も多いと思う。今や、ほとんどあらゆるコンピューターがインターネットで結ばれた状態にあるといってよく、しかもパソコンというものはその性質上、二四時間フルに忙しくしているわけではない。たいていの時間、スイッチを切られて置物として部屋の片隅にただ存在していたり、スクリーンセイバーが働いて画面上をカッパだのワニだのががうろうろしているだけだったりする。ではその、空き時間を寄付してもらえばどうか、一台いちだいは高性能な大型コンピューターと比較すればわずかなものではあるが「塵も積もれば山となる」の原理でもって、宇宙を飛び交う電波の解析という膨大な計算をさせてもらうこともできるのではないか、と考えられ、実行されているプロジェクトである。

 今のところ、異星人の発した電波らしきデータをとらえたという報告はない。だが、たとえこのプロジェクト自体が「結論:有力な証拠なし」ということで終結したとしても、それはそれで面白い試みになることは間違いない。たぶんこういうことでもなければ、自分の人生をわずかなりとも「異星人」などというものに割くことになろうとは夢にも思わなかった人だっているに違いないからだ。あのパイオニア10号、11号に乗せられた「異星人に向けたメッセージ板」のように、少なくともひとびとに宇宙への、異星の生命への目を開かせる役に立つ、人類に向けたメッセージとしても大きな役割を果たし続けているのである。

 同プロジェクトのホームページで、少し前からSETI@homeの解析への参加者に向けたアンケートが始まっており、結果を常時報告している。この「SETI@home Poll」を読むとSETI@homeへの参加者が、いったいどういう意識でボランティアとして自分の計算機の計算時間を差しだしているのかが分かって面白い。以下は、そのアンケートから一部抜き出して、大西が和訳し余分な解説を付けたものである。なお、訳と解釈がいいかげんなことはともかくとしても、このアンケートはまだ継続中で、ここに書いた結果は暫定的なものであることを、おことわりしておきます。

第一問。地球外に生命はいると思いますか。
「いると思います」94.71%
「いないと思います」1.46%
「しかとはわかりません」3.83%
(回答数58634)

 あわてて付記しておかなければならないが、まず「SETI@home」に参加登録をしないとこのアンケートには参加できない。だから、真の世論と比べて、かなりのバイアスがかかっているはずである。ご覧の通り圧倒的に「地球外生命はある」と思われていて、むしろ面白いのは、いないと思っている人が少しはいるということであろうか。ただ、賭けるとするなら「いる」に賭けておくほうがいい。宇宙にわれわれ以外の生命がいるかどうかについては「生命の発生しやすさ」「生命が滅びずに存続できる時間」といった、いかにも見積もりにくい変数がどうしても計算に入ってくるので、専門家の間でも諸説あるのだが、そういう議論に踏み込まなくとも、もし異星人からの電波が発見されたら文句なくこれは「地球外生命は存在する」ということになる。一方、どれだけ調べても「次の星には生命がいるかもしれない」という疑いは捨てきれないので「存在しない」という結論が出ることは、ほぼ絶対に、ない。本質的にはカッパと同じで、いないとは言いきれないのである。

第二問。異星人が「聞く」ことができるような信号を、地球人は送るべきだと思いますか。
「そらもう、送るべきっス」77.88%
「送ったりしてはいかんと思います」10.65%
「知らねえス」11.47%
(回答数58163)

 SETI計画とは反対の、異星人がとらえやすいような強力な、メッセージ入りの電波を、宇宙に向けて発信するべきかどうか、という問題に関する質問である。カッパでたとえると、カッパ宛の書き置きを各地の河川湖沼に投下して、カッパが読んでくれるのを期待するようなものであろうか。
 ただ、送るべきもなにも、アメリカはむかし「オズマ計画」という、近くの有望な星に向けたメッセージ発信を行っているし、テレビやラジオなどの放送用の電波も常に地球から漏れ続けている。たぶんこれは星間社会におけるプライバシーの問題ということになるのだと思うが、より実際的には「呼びかけて押し売りとか強盗とか侵略者が来たらどうするのだ責任取ってくれるのか」というのがあると思う。人類の総意が「送ってはいかん」ということになったとして、現実的な解決策はなにもないような気がするのだが。あとは、セチケット(星間エチケット)をまだよく知らない我々が、恒星間航行用ビーコンの電波を邪魔したりしていないことを祈るばかりである。

第三問。異星人は私たちに友好的だろうか、敵対的だろうか。
「友好的やフレンドリィや」37.27%
「敵対的やケンカ腰や」5.29%
「わからへん」57.43%
(回答数58119)

 さすがに「わからへん」が多い。それはそうで、知らない人が、友好的かどうかなんてわかるわけはない。古来から「馬には乗ってみよ人には添うてみよ」「人を見たら泥棒と思え」といった矛盾することわざが多く残されているように、そんなことはわからないのだ。カッパだって、良く効く薬をくれたり、そうかと思うと尻子玉を取られたり、いろんな奴がいるのである。ただ、まずは信用してみてそれから、という「しっぺ返し戦略」が(あるモデルの下では)一番有効とされているのは有名な話で、個人的には、あまり最初から敵対的なカッパもいないとは思う。

第七問。合衆国政府は、SETIに資金を出すべきだと思いますか。
「あい」80.29%
「うんにゃ」11.37%
「わがんね」8.33%
(回答数58016)

 設問三つ飛ばして、次の質問は、なんだか手前ミソである。合衆国に税金を納めていない私が答えるのもどうかと思うが、わずかなりとも予算が出て、だれかはこの問題に取り組んでいて欲しいと思う。可能性が低くとも、もしも見つかったら、そのときの社会的経済的な影響がとてつもなく大きなものになることは間違いないだろうからだ。次の質問とも重なる話なのだが、たとえば、カッパの存在が村おこしにどんな影響を与えるかを考えても分かる。他県、他の村にカッパを取られないようにと自治体がカッパ探索予算を出すように、合衆国だって国の威信をかけて力を入れるべき分野かもしれない。ところで、この場合「うんにゃ」という人は(九人に一人もいるのだが)「資金を出すべきではない」つまり中止されるべきだ、と思っているわけだが、本当にどうして、このプロジェクトに参加しているのだろうか。

第八問。あなたのSETI@home参加の、主目的はなんですか。
「ETを発見して人類のために役立ちたいから」59.42%
「ETを発見して有名になりたいから」2.86%
「コンピューターを遊ばしておくのがもったいないから」14.42%
「SETI@homeサイトの、解析数ベスト100のリストに載りたいから」2.19%
「そのほか」21.11%
(回答数56726)

 意外というべきか、カッパ探索なら第一の動機になりそうな、それで有名になったり金もうけがしたい人というのはあまりいない。一方、最も多い回答ではあるのだが「ETを発見して人類のために役立ちたいから」というのは、これはどうだろうか。ETを発見することが大きな変革を引き起こすことは確かだろうが、それがかならずしも人類のためになるかどうかは、状況により発見するものにより、一概に言える問題ではないと思う。ただ、カッパと異星人が違うのはここのところで、異星人のような人類の外側の存在があることは、外国との接触(あるいは外圧)がしばしば国内を一致団結させるように、人類同士の争いをある程度静める効果は、確かにあるかもしれない。これがカッパだと、せいぜい警察の「ストーカー犯罪」対策班が忙しくなるくらいのことで終わってしまうかもしれないが。

第一〇問。人類が、ETからの信号を最初に見つけるのはいつのことだと思いますか。
「二年以内と見た」8.95%
「十年以内というところか」38.44%
「百年以内くらいではないか」42.24%
「百年以内ということはないだろう」7.16%
「絶対に見つからない」3.41%
(回答数57451)

 世界中のコンピューターが必死になって計算しているからといって、このような試みがすぐ成果をあげるものではなく、異星人の探索はこれからも長い時間をかけて続けられてゆくことだろう。私個人としては十年やそこらで見つかるものならとっくに見つかっていると思うのだが、人類が通信に電波を使うようになってからまだやっと百年を少し過ぎたところであるから、これから百年というのはある程度もっともらしい見積もりなのかもしれない。そう、人類は生まれたばかりで宇宙はどきどきするほど広い。未来に希望を抱くのは決して悪い賭けではないと思う。異星人はいて、すぐそこで見つけられるのを待っているかもしれないのだ。カッパのように。


参考サイト:SETI@homeSETI@home Poll
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