空から返ってきた言葉

 猿は本当に人のマネをするのだろうか。よく考えてみれば、確かめてみたことは一度もない。伝説に言う。猿のオリの前でミカンを食べながら、タマネギを放ってやれと。猿はミカンのマネをして、タマネギの皮を剥きに剥く。最後は食べるところがなくなって「ウッキー」と怒る。しかし、いくら猿でもここまで愚かではないという気が今はする。猿にもいろいろ都合はあるので、人マネばかりしているわけではないと思うのだがどうか。

 マネといえば、大学生のとき友人達とやった麻雀に、「マネマン」という、正規の役ではない、くだらないローカルルールがあった。誰かの捨て牌と全く同じ牌を同じ順番で、流局までつつがなく切り続けられたら成立、というものである。
 この辺り、麻雀を知らない人にはなんのことだか分からないだろうと思うのだが、これは想像以上に難しい。ちょっとやそっとの難しさではない。似たような役である「流れ満貫」でさえ難しいのに、マネマンの場合は「流局までバレずにいる」ということが不可能に近く、また、ローカルルールのこととて明言はされていないが理論的には、途中ポン、チーなどの鳴きが入った場合、ただちに失敗、ということになってしまう。達成時の得点は満貫ではなく役満あつかいだっただろうか。そうでなければ割に合わないほど難しい役であるのは確かである。

 このようにマネとは、簡単なものでもあり、難しいものでもある。いわゆるモノマネ、本人も気がついていないような特徴を誇張し、本人以上に本人らしい有名人を演じることによって笑いに繋げる芸が、素人がやった場合、宴会の場にいかにおそろしい静寂をもたらしかねないか、誰もが経験したことがあると思う。ただしこの、マネる対象が、たとえば「担任の先生」のような身近な人になると、笑いのハードルはなぜかそれほど高くない気がするのだが、これは場の全員が対象をよく知っていると同時に、オリジナリティが評価される面があるのだろう。独自性のあるモノマネというのも、おかしな言葉なのだが。

 簡単なほうのマネというと、子供の頃の口げんか戦略の一つに「とにかく相手のマネをする」というのがあった。弱者の戦略ではあるのだが、これは強力である。考えてみて欲しい。
「お前が最初に俺のおやつ食べたんやんけ」
「お前が最初にぃ、俺のおやつ食べたぁんやんけぇ」
「あほかっ。なんでマネすんねん」
「あほかぁ。なぁんでマネすんねぇん」
「マネするな言うねん」
「マネぇ、するなぁ言うねぇん」
「やめろやっ」
「やぁめぇろやぁ」
 相手の言葉を繰り返すときに、下あごを突きだして、わざと歪めた発音で言うのがコツである。一分間、殴りあいフェイズに移行しないで我慢できたら、私はその子供を尊敬する。

 どうしてマネされるのはこんなに嫌なのかというと、その理由の一つに、自分のことを客観的に見るのが、一般的に言って苦痛なことである、ということがあるのかもしれない。たとえば、自分の声を録音して聞くと変な声に聞こえる、という話に関連して、私の友人にこういう名言があった。
「オレを拷問するのに、刃物はいらん。テープレコーダーにオレの声を録って四六時中無理やり聞かされたら、何でも喋る」
 私もそうかもしれない。これを書くと自慢になってしまってたいへんイヤラシいのであるが、私は初対面の相手から「いい声ですね」と言われることがちょくちょくある。今まで少なくとも十人、お互いに独立にそう言われたことがあるので、ある程度客観的な評価と見ていいと思うのだ。ところが、ダメなのである。留守番電話や音声メモから自分の声が流れているのを聞くと、顔がゆがむのが自分でもわかる。こんな声を垂れ流して生きている自分が嫌になるのだ。テレビで放映されるインタビューで、声にエフェクトをかけて「プライバシーのため音声を変えております」というのがあるが、音声メモにもぜひあれを採用して欲しいと思う次第である。

 さらに言えば、文章でも同じだ。よく、電子メールや掲示板などで、相手の言葉を引用してそれにちょっとコメントをつける、という形式で書くことがある。「〜ということをあなたは言われましたが」という情報が、特にビジネス目的で重要であるのはよくわかるし、確かに自分の書いた文章なので返信する人に罪はないのだが、送り返された自分の文章を、ふと客観視してしまって、どうにもバツが悪いことがあるのだ。こんな具合である。ちなみに、「>」は引用部分を示す。

>  世の中にはいろいろなマニアがいますから、CTスキャナーで隠し
> 撮りした、アイドルの骨格写真集なんてのも、買う人はいるにちが
> いありません。ああん、この鎖骨が鎖骨が。こっちの仙骨がもう、
> なんて。いやんいやん。ところで、ホネ型の「メカの素」が出てく
> るのは「タイムボカン」でしたっけ。

 それは、ヤッターマンです。

 実に一時間は頭をかかえることになる。自業自得とはいえ、メールの引用符を発明した人を呪殺したくなる、そんなインターネットライフなのであった。


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