真夜中の食卓

 みなさん今晩は。今週も「夜食中継」の時間がやって参りました。本日は、ここ大阪府は池田市石橋、仁木さん宅から夜食の中継をお送りいたします。実況は私、夜食中継一筋二九年のジャッキー大西、解説は夜食の鉄人でおなじみ、三本松ジョセフィーヌさんです。三本松さん、宜しくお願いいたします。

 宜しくお願いいたします。

 さて、本日の主役たる仁木さんでありますが、三一歳独身ということでありまして、御覧の通り、木造モルタル二階建てアパート南西向き角部屋四畳半ひと間はかなりなことになっております。すえた臭いが放送席まで伝わってきそうであります。これでは嫁の来手がない事情も推察されるところですが、どうでしょう三本松さん。

 いえ、中華鍋、フライパン、調理器具は一通りそろっている様ですよ。

 なるほど、部屋に付属した半畳のキッチンには、所せましと調理器具が並んでおります。独身男性としては、なかなかのラインナップと申せましょう。特にガスが引かれておりませんこの部屋、カセットコンロの存在がキーポイントでしょうか。

 そうですね、水道はありますから、これさえあれば一通りの調理ができます。ただ、中華鍋はオーバーかもしれませんね。中華は火力ですから。

 なるほど、オーバースペックの中華鍋を使って、仁木は我々にいかなる夜食を見せてくれるのか。おっと、仁木が動きました。四時間の沈黙をやぶり、この真夜中の万年床から、空腹に耐えかねたかのように立ち上がった仁木。果たしてその食欲はどこへ向かうのか。一度、二度と首をかしげ、あっと、引き出しを開けた。

 座机の引き出しの一つが食料庫になっているようですね。

 不毛なる四畳半の唯一の食料スポット、型落ちの自作パソコンが鎮座する座卓の二番目の引き出しから、仁木が選択する夜食はなにか。おっと、インスタントラーメンであります。仁木、ラーメンを選択しました。

 袋ラーメンですねえ。

 ただいま入りました情報によりますと、このラーメンは「マルタイラーメン」とのことであります。煮込み3分味一流、福岡県の「株式会社マルタイ」が製造しております棒ラーメンでありまして、ひと袋に二食分梱包されているのが特徴となっております。

 大変おいしいラーメンです。販売店が少ないのも特徴ですが。

 そうですか。この入手困難なラーメンを食料庫に常備している仁木、確かにただ者では無いと言えるかもしれません。裏の説明文を読みながら、なにかを決意するようにキッチンに向かって、手なべに水を、汲もうというところか。

 ミルクパンのようですね。本来はミルクを沸かすための道具です。

 なるほど、鍋は小型のミルクパン。この選択は、どうでしょう三本松さん。

 先ほどの中華鍋では明らかに役不足ですから、正しい選択だと思いますよ。

 なるほど、TOP夜食を信奉するかのごとき仁木、適材適所ということでありましょうか。あっと、今カセットコンロに火を入れた。一度、二度、点火を確かめます。慎重であります、仁木。さあ、この魂を奪われるかのような青い炎の上で、焦熱の中、ミルクパンの中の水はいかなる変化を起こすのか。仁木の空腹を満たす、次世代のスーパーミールとなり得るのか。あっ、仁木、袋をやぶりました。マルタイラーメンの封がついに切って落とされました。

 いいペースで来ていますよ。湯のほうも沸きつつあります。いいですね。

 おっと、仁木、マルタイラーメンを二束つかみ出しました。これは二食分であります。スープを取り出し、ラーメンのひと束を袋に、ああっと、戻さない、戻しません。二束の封を切ります。この無体はどういうことでありましょう、TOP夜食はどこにいったのでありましょう。三本松さん。

 二食分食べるのだ、ということでしょう。あり得ないことではありませんが、問題はスープの量ですね。ミルクパンの中の湯は二食分にはやや足りません。一食分450ccが標準ですから。

 仁木が二食食べるということでありますね。ミルクパンで二食、仁木の決意は堅いのか、この難局をどう乗り切るのか。おあっと、ラーメンを投入いたしました。ミルクパンの中のお湯はまだ沸騰を開始しては、おりません。あまりにも早いラーメンの投入、我慢が足りなかったのか、仁木に成算はあるのか。

 麺を煮ている間に沸騰すると考えたのでしょう。しかし、やや時期尚早の感はありますね。

 しかも、麺が長く、ミルクパンから半分以上はみだしております。これはどういうことか、このまま夜食は哀れ生ゴミと化してしまうのか、それとも我々にはわからない、なにか深謀遠慮の末の決断なのか。あっと、菜ばしを使って、かき混ぜはじめましたね。

 湯に浸かった部分の麺を、早くふやかそうということなのでしょう。とにかくまっすぐな麺を、はやく柔らかくしないとミルクパンに収まりませんから。

 なるほど。どうやら、今やっと湯が沸騰を開始したようであります。仁木がその食欲を賭けて、今や魔女の大釜と化しましたミルクパンをかき混ぜております。おおっと、どうやら麺が鍋に収まった模様です。

 ギリギリですね。麺の端が少しこげているようです。あれは美味しくありません。

 失敗のきざしにめげず、麺を煮込む仁木。狭いミルクパンは、ほとんど麺と麺の間にわずかに湯が残っている、という状態になりつつあります。イモ洗い海岸であります。あっと、火を止めました。ここで煮込みは終了のようであります。さあ、スープの袋を取り出し、鍋に投入しようというのか。

 本来は湯を別に沸かし、丼でスープを作るのですが、コンロが一口ですから、そこを省略しましたね。

 コンビニエンスであります。仁木、鍋にスープと、調味油を投入し、まぜております。ぐるぐると、つき混ぜております。狭い四畳半にラーメンスープの香りが充満いたしまして、仁木満足といったところ。

 中身は、やや塊が残ってしまっている様ですね。これも減点対象になります。

 塊をほぐそうとして、あ、止めました。面倒になったのでありましょうか、ええい面倒だ、食べてしまえ、っと、食べはじめました。ミルクパンを、しかもコンロの上に置いたままであります。このような落下狼籍、許されてよいのでありましょうか。せめて新聞紙を引いてその上に鍋を置きたいところではないでしょうか、三本松さん。

 おそらく、ミルクパンの取っ手が熱くなり過ぎて触れないのでしょう。

 なるほど、食べております、仁木、その底なしの食欲を満たすため、食べております。鍋から直接食べる、啜るというよりも、口に直接投入するというにふさわしい、あっぱれな食べっぷりであります。どろどろの麺が、次から次へと仁木の口に収まってゆきます。底なしであります。

 スープが濃いところが、美味しそうです。

 さあ、残り時間もあとわずかになって参りましたが、さて、麺を食べ終わり、おっと、スープを直接、鍋から飲み干そうというところ、まことに残念でありますが、最後まで中継できそうにありません。スープを一口、ふた口、鍋は熱くないのでありましょうか。「夜食中継」それではこの辺りで、実況は私ジャッキー大西、解説は三本松ジョセフィーヌさんでした。ありがとうございました。

 ありがとうございました。


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