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「書き出しをここに書く」
と言われて、私はのけぞった。なんだこのキカイは。どうして「今日もいい天気だね」への返事がこんなことになるのだ。
「馬鹿だなあまったく」
 私は、とりあえずそうつぶやくと、フロントパネルをぱしぱしと叩いてみる。なんともヘンテコなものだ。
「誰が馬鹿だって。それに、イメージャを叩くんじゃない」
「あ、博士。いやその、そんなつもりでは」
 よれよれの白衣、白髪交じりの蓬髪にヒゲ、ビン底メガネまで揃えると今どきそんな博士は百円ショップにも売っていない、という格好をしたこの人は、私の上司で「オートマチックヒューマンアウトラインイメージャー」の開発者、鈴木二郎博士その人だった。貪欲で粘り強い行動力といい、ほとんど直感的とも言える発明のセンスといい、この研究所の大黒柱の一つといっていい研究者なのだが、近くにいると扱いにくい人なのは確かだ。教師ではないから先生とも呼べないし、かといって普通に鈴木さんと呼ぶと怒るので、しかたなく「博士」と呼んでいるのだが、陰では「ジロー」と呼んでいる。まあ、イチローのパチもののようなものだ。

「あのつまり、このマシンが、あまりにもとぼけた答えを返してくるもので、つい。いやもう、聞いて下さいよ、さっきなんて、ですね」
 大切な試作機を叩いている所を見られて、私がへどもど弁解していると、イメージャがふいにこう叫んだ。
「お題そのいちっ」
 私と博士は、ちょっと目を見合わせた。さすがの博士もちょっと虚を突かれたようだ。口には出さないが目が「ダメだ」と言っている。なにしろ私とジローは長いつきあいなのでそういうことがわかるのだった。私が「言わんことじゃないでしょう」と目で問いかけると、博士は慌てて首を振って、気を取り直すように言った。
「気持ちはわかる。わかるがね。まだこのイメージャが発展途上だということを忘れてはいけない」
「ええ、そうなんでしょうけれども、いつまでたってもこんな調子じゃさすがにヘコみますよ」
「子供を育てるのには二十年くらいかかるじゃないか、なあ」
「二つ目のっ、縛り」
 私はちょっと泣きそうになった。博士も、今口に含んだコーヒーは実はホット醤油水だった、というような顔をしている。
「二十年もかかったら研究費が底を」
 といいかけて、私はあわてて声を低くした。マシンに聞きとがめられると、何を言われるか分かったものではないからだ。いや、何を言われてもいいのだが、妙に脱力するし、話が進まない。

「いいかね、そもそもこのマシン『オートマティックヒューマンアウトラインイメージャー』はだね」
「分かっています、分かってますよ」
 そもそもこのマシン、ジロー名付けるところの「オートマチックヒューマンアウトラインイメージャー」通称イメージャは、人間の頭脳を模した並列処理コンピューターだった。ニューロンネットワークを再現する一定の法則に従い、二七三個のCPUが同時に処理を行うことで、従来のコンピューターでは難しい「あいまいさ」「連想」といった処理の高速化を可能にしている。

「でも、どうしてこうなるんでしょうねえ」
「君はまさか、これがただの『会話マシン』だと思っているんではあるまいな」
 違うんですか、という言葉を飲み込んで私はあいまいにうなずいた。人事権には逆らえない。博士は得意げに鼻を鳴らすと、続けた。
「このイメージャは、人間なのだ。会話の内容を覚え、いわば人間を『リバースエンジニアリング』して、自分を作り上げてゆく」
「ええ、そうですね、そういう設計で」
「『人間』を作り上げるプロジェクトなのだ。これが成功すれば、あらゆる分野で人間同様の判断力と常識を兼ね備えた自動機械が活躍できるようになる。素晴らしいことだ。成功すればもう、うはうはだ」
「は、はい、それはもう。うはうはです」
「もちろん、私や君との会話だけでは情報が不足するので、イメージャをウェブにつなげて、インターネット上のさまざまな文章を吸収できるようにしてある。歪んだ文章を覚える可能性はあるが、非常に多数の文章を読むことで、平均値としての文章、的確な文章を最終的には取得できるはずなのだ」
「それなんですが、それなんですけどね」
 急に話の腰を折られて、博士はちょっと不機嫌そうに見える。だが、そのあたりの原理は助手である私には十分すぎるほどよくわかっているところなので、しかたがない。
「確かに多数の文章の平均値を取ると、美しい日本語になる、という理論は正しいと思います。ただ、お手本にしたサイトで、一時的にわっと、あるフレーズが連続して出てくるような場合、明らかに異常な言葉なのに、それが正常と思い込んでしまう、ということはないんでしょうか」
「いきなり『バナナ』が二百回書いてあるようなページは飛ばして読むはずだぞ。明らかに文章の構成自体が異常とイメージャは判断するだろうから」
「そうですが、文章中にうまく織り込むような形で、特定のフレーズがあちこちに出てくるような場合ですよ、たとえば」
「三つ目の、文章中に埋め込むべき言葉っ」
 イメージャが、またもいいタイミングで口を挟む。
「こんな言葉が、どこに使われているというのかね。流行語でもあるまいし」
「いや、それは」
 わかりませんけど。

 難しい顔をして、私と博士は黙り込んだ。イメージャも沈黙を守っている。
「…お手本として」
 博士が口を開いた。
「個人の書いたホームページを参考にする、というのが良くなかったろうか」
「確かにとっぴな書き方をする人はいますが、しかし、多くのサイトの平均値を出すようになっていますし、そこは大丈夫なのでは」
「新聞などのニュースサイトを参考にすると、話し言葉としてはおかしくなってしまう。といって、掲示板やチャットには独特の言い回しが多くあって、音声出力を行うイメージャのお手本としてはそぐわない。よくある『ウェブ上の日記』にもそういうところがある」
「ええ」
「だから『雑文』と呼ばれる分野のサイトを登録しておいたのだが。うーん」
 博士は考え込んでしまった。手のひらを額の先でひらひらさせながら、考えをまとめようとしているが、良いアイデアが思い浮かばなかったようだ。ほっ、と力を抜いて、あきらめたようにこう言った。
「まあ、もう少しだけ様子を見てみよう。意味のない言葉が突然あちこちのサイトに登場する、なんてことはめったにあることではあるまいし」
「そうですね」
 と私はいいかげんに相づちを打つと、しっかりしてくれよ、という気持ちを込めて、もういちどフロントパネルをそっと叩いた。イメージャは、そんな私たちにとどめを刺すように、こうぽつんとつぶやいたのだった。
「…結び」


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