フリップフロップ

 べつにケチをつけようとか、矛盾点を指摘して悦に入ろうとか、そういうわけではないのだが、「ウルトラマン」のカラータイマーは、やっぱりちょっとおかしな代物だと思う。ウルトラマンは、諸事情あって地球上では三分間しか活動できないのだが、その活動期の終わりに差しかかると胸のインジケーターが、独特なサウンドエフェクトとともに点滅を始める。

 しかし、考えてみれば限界の訪れはウルトラマンひとりが知っていればよいことであって、それをあのように宣伝してしまうと、いろいろと面倒なことがある。音が出るので待ち伏せのような隠密行動には壊滅的に不向きだし、「もうちょっと粘ればヤツは自滅する」と知れば怪獣だって、無茶はしないで相手の出方を待つはずだ。そして、いよいよ時間切れ、宇宙に帰ろうとしたウルトラマンを後ろから羽交い締めにしたりするのだ。怪獣の腕の中でもがいていたウルトラマンはやがてぐったりと静かになるのであった。

 なるのであった、ではない。つまり、点滅というのはなにしろ目を引く。歩行者用信号は青から赤に変わるときに「青の点滅」というフェイズが入るが、あれは「もうすぐ変わるからイソゲー。慌てずイソゲー」という感覚をよく表していると思う。これとカラータイマーのどちらがタマゴでどちらがニワトリなのか、年代的には微妙なところではないかと思うが、踏み切りの遮断機の点滅(二灯の交互点灯だが)はまずこれらよりも前からあったろうから、点滅は危険を知らせる、というコンセンサスは昔からあったものに違いない。

 そういえば昔、ホームページを作るときの文法の中に「BLINKタグ」というものがあった。「<BLINK>」と「</BLINK>」で囲んだ文章が点滅表示される、というものだが、どうもネットスケープが独自に作った規格であるらしく、なんとなくすたれてしまった。

 トマトは、新大陸ではトウガラシとともに「サルサ」として使われていた。新大陸からヨーロッパへもたらされ、偏見から解き放たれたときにも「トマトソース」として煮込み料理に欠かせない調味料となり、やがてアメリカでは「トマトケチャップ」として爆発的に広まっていった。そして、わが国では「トマトソース」「ウスターソース」「トマトケチャップ」として和洋折衷料理の浸透とともに広まっていった歴史がある。(橘みのり「トマトが野菜になった日」草思社)

 と、こんな感じのものであるが、どうだろう。まだネットスケープを使っている今となっては少数派にしか共感してもらえない恐れがあるのだが、確かに「これを標準として認めたくない」という気持ちはなんとなくわかる。無駄に目立つわりに読みにくくて鬱陶しいのである。どうも、読み手の意志と無関係に目を引かれてしまうあたりに、排斥される理由があるような気もする。いつの世も、出る杭は打たれるのである。その杭がハデな色でマダラに塗られていたりする場合には特にそうだ。

 さて、点滅といえば、最近私の職場のトイレで「点滅」がひそかに私を悩ませている。女性の方はご存知かどうか、公共の男性用小便器には、かなりの確率で「自動洗浄」という機能がある。尾篭な話で恐縮だが、小用を足した後、流さないで行ってしまう人が無視できない数いる、ということではないかと思う。小便器の上方に、テレビのリモコンの受光部みたいな透明プラスチックの窓があって、赤外線かなにかを使ったセンサーで人の接近を察知し「しばらく立ち止まる」→「離れる」という動作があれば「用を足した」と判断して、便器を水洗するわけだ。

 ところが、近ごろ、この赤外線受光部が、点滅を始めたのである。もちろん、そういうセンサーなのであるから赤外線が点滅するのは当たり前だが、たぶん私が見ているのは赤外線ではない。まっとうな赤い光、赤内線でぴかちかと灯が付いたり消えたりしている。私が前に立つと点滅が始まり、離れると止まるようだ。

 やっていることがやっていることであって、つまり、ここでやっていることはあまりよそ見していてよい作業ではないのであって、普段この手の什器を何らかの意識をもって見ることはそれほどないのだが、あまりにも点滅しているのでついつい見てしまう。見てみれば、この点滅ランプは「半分のところで斜めに斬られた電池」の形をしているのだった。

 つまり、おそらくこれは「電池切れ」のサインなのである。ウォークマンとかデジカメとか携帯電話でよく見るあれだ。アレなのはいいとして、どうしてここでそんなものを見るのか、考えてみればおかしなものである。トイレが電池切れなんて、どういうことかと思うではないか。電池が切れたら水が流れなくなるとでも言うのか。

 いや、もちろんそうなのだろう。結局のところ、赤外線センサーを動作させて水道のバルブを開閉するにはなんらかエネルギーが必要なのであって、その電源はどこからか得る必要がある。家庭用電源が配線されていればそれを使えばいいが、全てのトイレ環境にそれを求めるのは難しい。太陽電池か、流す水流で発電して補える程度の電流ではあると思うが、そういう装備は致命的なコスト高の原因となる。それならば、電池を入れて、たまに交換すればよいではないかなのであろう。

 といって電池ボックスがあるかというと、そんなものはどこにもないのである。のっぺりした壁面にすき間なくぴっちりと金属板がはめ込んであるだけで、開くようなところはない。もしかして、電池交換は素人の手に負えない、特殊な専用工具が必要なのではと思う。

 そういうわけで、わかったところで、手は打てないのだった。私は毎日このトイレで用を足しながら、点滅してるなあ点滅してるなあ、とただ思っているだけである。いつかぱたりとこの点滅がやんで、水が流れない日が来るのかと思うが、ウルトラマンがそうだったように、あるいはそういう日は決して訪れないのかも知れないとも思うのである。少なくとも最終話が来るその時までは。


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