酔っ払い相対論

 やあ、涼しいね。歩くには、いい夜だ。ほら御覧、月も出ている。

 あ、待って、駅まで送ってくよ。ここからだとちょっとあるし、それに、危なかろ。なに、おれのほうが危ないって。そりゃま、そうなんだけど。いやいや、大丈夫だいじょうぶ。こっちには自転車もあるし、駅は通り道だし。いやまあ、通り道みたいなもんだよ。そうそう。おおむねそう。さあ行こうや。ゴウ。

 いや、楽しい飲み会だった。ほんとう。何笑ってるんだい。酔っちゃいないよ。いや、酔ってないってことは、ないか。飲んだもんな。うん、そうじゃなくて、酔いすぎちゃあいないってことだよ。あ、おっとっと。はは、ごめん。酔っているとも。酔ってます。いい感じに。いーカンジにね。

 ただ歩くのもなんだから、そうだな。こんな話はどうだろ。相対性理論を知っているかな。知ってる。当たり前か。エナジー・イコール・エムシースクエア。質量は、エネルギーに等しい。1円玉一つが、二千五百万キロワット・アワーに相当するってやつ。え、覚えてるのさ、もちろん。便利だろ。何に便利かって、そりゃ、居酒屋で話題にのぼったときとかだよ。まあ、これで女の子が口説ける、ってことはないけどね。

 ああ、感心してないようだ。じゃあ、こういうのはどうだい。成人男性の一日に必要なカロリーは二千五百カロリーだけど、これは質量にすると、何グラムか。ものすごく少ない、って思うよね。よね。これが、0.1マイクログラムくらいなんだよ。思ったより少なくない、って感じだろ。うん、これは今日の昼間計算してみたんだ。ふと。ふと。いいじゃないか別に。

 で、それじゃ人生八〇年でどれだけになるか、っていうと。た。あ痛て。なんだこれ。石か。こなくそ。ヒトがいい気になって解説してたらこうだから好事魔多し。え、八〇年って、ああ。そりゃないよ。長生きするつもりなんだよ、おれも。一応は。

 しかしなんだね。改めて言うのも何だけど、あいつがいなくなるっていうと寂しくなるな。飲み会やろう、って言いだすのはいつもヤツだったから、これから飲む機会が減るかも知れん。うるさい奴だけど、そう思うとなあ。え、おれ。駄目だめ。人望ないし。気が弱いし。日本酒飲むと次の日出てこれなくなるし。そうだ、むしろきみこそ次世代のスギタなんじゃないか。いっそ、これからはスギタ2号、二代目スギタを名乗るということでひとつ、駄目か。そうだよな。

 あのね。一つ、つまんない思い付きなんだけど。相対論の話。光の速さが一定、というのがあるじゃないか。うん、細かいこと言うね。一定なのは真空中の光の速さ、そう。確かにそう。どんな系から見ても光の速さは変わらない。で、実は、そうじゃない状況というのがあるんじゃないかと。思うわけですよ。うん。あるんじゃないかと。それは、こういうことだと。じゃーん。これです。酒を飲んだ精神にとって、光の速さは一定ではない。どうよ。じゃーん。どーん。

 そんなあきれた顔するなよ。要するにだね。酒を飲むと、光の速度が遅くなるんではないかと思うんだよ。いつもこの道、えらい遠く感じるんだけど、ほら、そんなことを言っている間にもう駅についたじゃないか。これは、光の速度が自転車の速さくらいにまで落ちていて、歩いているおれたちにとって、ローレンツ収縮が起こったとしか考えられないと思うわけでありますよ。距離が縮んだわけだね。いや、だから、あきれた顔はやめなさいって。こういう考えが科学を発展させるんだぞ。たまに。

 はいはい、そんじゃ、ここで。気を付けて。終電まだだよな。うん。そんじゃ。

 あ、今晩のきみさ、歩いていて、運動方向に収縮して、妙に魅力的に見え。って、もう聞こえないか。あ、いいんだいいんだ。おやすみ。また明日な。


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