追突にご注意

 トラックの後部に「最大積載量:積めるだけ」というステッカーが貼ってあるところを見た、あの衝撃は忘れられない。まず、最大積載量の表示はたぶんどのトラックにも義務づけられているはずなので、そこに余計なステッカーを貼るというのは違法行為か、少なくとも違法行為すれすれのギャグなのだと思う。加えて過積載の危険、たとえばハンドルが効きにくくなったり制動距離が伸びたりといった危険はドライバー自身にとっても笑い事でない問題であるはずである。そこをあえて「積めるだけ積むのさ」と笑い飛ばしてしまう精神が、素晴らしい。結局のところ、自動車は凶器であり道路は死の可能性をはらんだ舞台なので、そう意識した人にとって、そこでのユーモアはいつもぎりぎりのユーモアなのだ。

 いや、こう書いておいてなんだが、もちろんこのへんの解釈はすべて大型免許も持っていない私が頭の中で考えたことなので、現実は大外れである可能性がある。しかしまあ、要するにこの手のステッカーは見た人がどう思うかが全てなのであって、私が感心すればそれでいいのである。いいじゃないか。その後、このステッカーはあちこちで見るようになり、ある乗用車の後ろに「最大乗員数:乗れるだけ」という二番煎じステッカーを見るにつけむしろ怒りを覚えている自分に気が付くことになるのだが、それはまあ、貼り手のセンスに帰する問題である。仕事で使っているパソコンのデスクトップやスクリーンセーバーをあれこれいじるように、自分のトラックに何か貼りたくなるという気持ちはわかる。

 さて、そういう私も、自分の自分の自動車の後ろに「子供が乗っている」ということが書いてあるステッカーを貼っている。おおかたの人が同じように考えているのではないかと思うが、私も他人がこれを貼っているのを初めて見たときはあまり感心しなかった。子供が乗っているから、だからなんだと思うわけである。私にどうしろというのか。前の車にぶつかってはいけないというのは、子供が乗っているかどうかには関係ないではないか。

 というわけで、これは多分に「ウチには赤ん坊がいるんだぞいいだろう」という自慢が含まれているのだと思っていたわけなのだが、似たようなステッカーに「ゴールデンレトリバーが乗っています」とか「コーギーが座乗されております」などというものがあって、や、これについては「自慢してるんだな」という気持ちは変わらないのだが、子供関係については、自分に子供が生まれてから確かに見方が変わった。少なくとも私にとって、これは「運転手の子供が乗っているので、もしあなたが軽々しくぶつかって怪我なんかさせられた日には母熊のごとく猛然とあなたに食って掛かります」というサインなのである。毒蛇や毒ガエルがハデな配色になっているのと同じ、警戒色なのだ。

 そういえば「危」とか「毒」のような(これは義務付けられたのものらしい)表示を掲げたトラックがよく走っているが、あれと感覚としては似ているかもしれない。めったにないことだと思うが、二車線道路を走っていたあなたの車のブレーキが突然壊れて、前を走っている二台の車のどちらかにぶつからなければ止まらない状況に陥ったとする。この場合であれば、もしかしたら「危」や「毒」の車は避けて別の車に、なんというか、失礼することができるかもしれない。「赤ん坊が乗っています」にもつまりそういう気持ちが入っているわけだ。赤ん坊の場合は、これは一種の甘えであり、そんなお金があったらチャイルドシートなど安全装備を強化したほうがいいのは確かだが、追突するほうの身になって考えても、同じぶつかるのであれば確かに赤ん坊の怪我まで賠償金を払わされないほうに追突したい。やはり、なにがしかの実効性はあるのかもしれない。

 ところで最近、やはり前を走っている車でこういう表示を見かけた。
「追突注意」
黄色に黒の自動車の絵、ブレーキを表すらしい稲妻のしるし、そして「追突注意」。それだけで、何も書いてない。つまりこれは、赤ん坊も乗っていないし、ダックスフントも乗っていないし、毒も危険物も乗っていないけど、しかし追突するなよ、という意味なのだが、それは私も同じなのであって、自分だけずるい、と思わないでもない。

 さらに余談だが、わりと見かけるのでどこかの神社で普通に配っているのではないかと思うが、自動車のバンパーに「追突お守り」というステッカーが貼ってあるのを見かけたことがある。霊的な波動が光の力でもって追突から守ってくれる、というような、怪しげなことが書いてあった。気持ちはわかる。しかし実体のない「悪運」や「病気」あるいは単なる「交通事故」とは違い、「追突」の場合は加害者が明確に存在する。後ろの車である。とすると、このステッカーはまさに今私に対して霊的な波動が光の力でもって「ぶつかるなよぶつかるなよ」と働きかけていることになる。だからといってどうということはないが、そんな「波」をこっちに向けるんじゃない、と言いたい。うっとうしいではないか。

 とまあ、そういうわけで、私の車のブレーキが壊れたときには、単に「追突注意」と書いてある車、それから霊波動をこっちに向けてくる車を中心に失礼してゆこうと思うので、そこのところは覚悟を宜しくお願いする次第である。ときに、追突の場合は確か大抵の場合ぶつかったほうが百パーセント悪いということになっていたと思うのだが、すると追突しようとする車を霊波動やまきびしやレーザー砲で迎撃した場合、正当防衛になるのだろうか。子を守る母熊気分である私は、真剣に考えているのである。


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