ジャンケンポンポン、どっち引くの、こっち引くの、あいこでポンポン、どっち引くの、こっち引くの、あんたばかね。
まずは書いてみたが、これであなたがピンと来たら説明の必要がなくてたいへんに楽だ。例によって正式な名前を知らないので、以下仮に「両拳」という名前で呼ぶことにするが、今回はこの、一種のジャンケン遊びについて書きたいと思う。両拳は私が小学生のときに、たいへん流行したもので、妻に聞いたら知っていたのでそこそこ普遍的ではあると思う。異文化コミュニケーションのために以下、一応の解説を入れる。必要ない方は一段落飛ばして下さい。
両拳は、ジャンケンのルールを使って、両手で行う遊びだ。プレイヤーは二人かそれ以上。プレイヤーたちは「ジャンケンポンポン」のところでポンポンと両手で、それぞれジャンケンの手を作って相手に示す。次の「どっち引くの」で一呼吸置いて、続く「こっち引くの」で両手のうちどちらかの手を引く。残った手を彼我比較してジャンケン式に勝敗が決まるわけである。ジャンケンのように運だけのゲームではなく、ある程度の技術のあるなしが存在するようだが「あっち向いてホイ」ほど技術偏重でもない。そして、負けたほうは「あんたばかね」と言われてしまうのである(※1)。
さて、このゲームに必勝法はあるだろうか。普通のジャンケンにも「相手の心理を読む」「出す直前の相手の手を読み取る」のように勝率を上げる方法はあると思うが、それはちょっとルール外、ゲーム外の、ズルであるような気もする。ここでは、ルール自体に内包された必勝法がないかどうか、機械相手でも勝てる必勝法はないのか、考えてみようというのである。いや、今自分がヒマヒマ大臣なことを始めたというのは自覚しているのだが、考えてみればしょせん「大西科学」自体がどえらい暇つぶしである。なのでやってみよう。読んで下さっているあなたが、せめてヒマヒマ事務次官程度に暇であればよいのだが。
このゲームの運任せでない部分、いわば戦略を用いる場面は二つある。一つは「ジャンケンポンポン」の二本目の手のところである。両手のうち先に出すほうの手はカンで出すしかないが、二本目の手を出す時は、相手の一本目の手が既に出ているわけなので、何を出すべきか考える余地がある(もちろん相手も同条件である)。一方、もう一つの戦略場面は「こっち引くの」のところだ。このゲームの肝であり、どちらを引いてどちらを残すのかで最終的な勝敗が決定する。「どっち引くの」で一拍あるので、リードタイムも長い。
プレイヤーが三人以上の場合は複雑になり過ぎるので、以下二人でこの両拳を行う場合に限って話をすると、普通の、二人で行うジャンケンの場合、二人の手の組み合わせは九通り(3×3)で、このうち三つは引き分け(アイコ)、三つが勝ち、三つが負けである。これが両拳になると、二人の手が二本ずつあるので、ポンポンと出した状態での局面は八一通りまで増える。とはいえ、この全てについていちいち戦略を考える必要はない。
まず、最初のポンポンで両手で同じ手を出す(グー・グーなど)のは非常に愚かなことであり、考察から省いてしまって構わない。だいたい、両手が同じ手だと「どっち引くの」もナニもない。相手がまともにプレーしていれば(つまり両手がチョキ・パーのように二種類の手なら)良くて引き分け、勝つことはありえないのだ。クレバーな両拳使いがそのようなミスを犯さないのは確かである。
また、両プレイヤーの手の組み合わせが同じだった場合、たとえば二人ともチョキとパーであった場合もゲームの成り行きは明らかで、変なミスを犯さない限り「アイコ」にしかならない。以上を踏まえると、ゲームとして「どっち引くの」が重要になる、いわばまともな戦いになるような手の組み合わせは、かなり種類が限られてくる。思い切って全部書いてみよう。
# | あなたの手 | 相手の手 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
1 | グー | チョキ | グー | パー | ||
2 | グー | パー | チョキ | パー | ||
3 | チョキ | パー | グー | チョキ | ||
4 | グー | チョキ | チョキ | パー | ||
5 | グー | パー | グー | チョキ | ||
6 | チョキ | パー | グー | パー |
ご覧たった六通りになった。さらに、ここでこの全てについて考えてもいいのだが、さらに省略することだってできるのだ。表の1と5、2と6、3と4の三組をそれぞれよく見ると、相手と自分の手が入れ替わっているだけで、戦局として新味がないことがわかる。また、少しややこしい話だが、1と2と3、4と5と6の二つのトリプレットについても、それぞれ手がローテーションしているだけで、まったくの同一局面である。難しく言うと「鏡映」と「回転」の対称性を利用できるわけである。結局、独立な事象として考えるべきは、たった一通り、
プレイヤー1 | プレイヤー2 | ||
---|---|---|---|
グー | チョキ | グー | パー |
の組み合わせの攻防だけである。それで両拳について全て考え尽くしたことになるのだ。もしかして、意外に単純なゲームなのかも知れない。
では、この条件下で勝敗を考えよう。今、わかりやすくするためにプレイヤー1を「敗勢」、プレイヤー2を「勝勢」と名づけることにする。上の例で言うと、勝勢のプレイヤーは「こっち引くの」のときにパーを引いてグーを残せば、とにかく負けることだけはない。一方、敗勢のプレイヤーは、どっちを引こうとも負ける可能性がある。そういう関係である。
ここで、勝勢敗勢の各プレイヤーはどういう戦略を取るべきか。たとえば勝勢プレイヤーが、いつもグーを選んで「最悪でも引き分け」を狙うかというと、そんなことはないはずである。敗勢プレイヤーがそれに合わせてグーばかり出すと、「ときどきはパーを混ぜて勝ちを狙おう」という欲が出るものだ。そうなると、敗勢側もまたこれに合わせて「チョキを出すことがあってもいいのではないか」と思い始める。たまたまパーとチョキがぶつかれば、敗勢側大逆転勝利がもくろめるからである。状況を整理しよう。
勝勢:グー | 勝勢:パー | |
---|---|---|
敗勢:グー | △ | × |
敗勢:チョキ | × | ○ |
以上のような勝敗表をもとに両者がどういう選択をするかについて、有名な数学者フォン・ノイマンの作った「ゲーム理論」という研究がある。熟練したプレイヤー同士の戦いでは、この選択はゲーム理論で言うところの平衡点の上で一定の混合戦略に行き着く。と、いきなり書いてもわからないと思うが、詳しく計算すると、このゲームの場合、ある確率でグーを出し、残りの確率でもう一方を出し、という戦略を取ると、少なくとも相手に出しぬかれなくなる、という意味で安定する点があるのだ。その混合戦略とは、こうだ。
勝勢:グー | 勝勢:パー | ||
---|---|---|---|
2/3 | 1/3 | ||
敗勢:グー | 2/3 | △ | × |
敗勢:チョキ | 1/3 | × | ○ |
2/3などと書いてあるのが確率である。つまり、勝勢側は2/3の確率でグーを出し、1/3の確率でパーを出すとよい。煩雑になるので計算は略するが、この戦略を取ると、相手がどんな戦略を取ってこようと、勝勢側が期待値1/3を得る。一回につき十円賭けて百回勝負を行うと、約三三三円勝勢側が儲けている、ということである。
これが「安定」という意味は、いったん勝勢側がこの戦略を取ると、敗勢側はどんなにがんばってもこれ以上勝負を改善できない、ということである。逆に敗勢側がこの戦略を取ると、勝勢側もこれ以上儲けることができなくなる。もっとなんとかなるのではないかと思って上の戦略から外れると、たとえばグーの確率をちょっと上げたりすると、それは相手に付け込まれる隙になるのだ。現実には、ここのところはもっとメンタルな、相手の心理の読みあいの様相を呈すると思うが、しっかり確率どおりランダムに戦略を選んでさえいれば、結果も確率どおりになる。相手はどうしようもない。
と、以上、ここまででわかったことは、勝敗は「こっち引くの」の前、「ジャンケンポンポン」の時点でほぼ決しているということである。勝勢の手を作ることができれば、長い間には確実に勝てるのである。そこで、次の疑問だ。どうすれば勝勢に付けるのだろう。ポンポンのところで勝勢に行き着くための戦略は、あるやなしや。
まず、両者がジャンケンポンポンの一つ目の手を出した時点で、三通りの局面が考えられる。
(1)相手の手が自分と同じ。 (例;自分がグーで相手もグー)
(2)相手の手が自分より強い。(例;自分がグーで相手がパー)
(3)相手の手が自分より弱い。(例;自分がグーで相手がチョキ)
1の場合は簡単である。二つ目の手として出すべきは、一つ目より強い手だ(上の例ではパー)。弱い手(すなわちチョキ)を出すと、パーを出した相手に対して敗勢に回ってしまうことになるからである。これはどちらもそうするだろうから、要するに熟練したプレイヤー同士の対戦においては、最初の手がアイコであれば後の展開は決定している。最後までアイコだ。
残る2と3の場合はどうすればいいかというと、状況が「鏡映対称」なので、これもどちらか一方だけ考えて構わない。二つ目の手を出したところで勝勢になるか、敗勢になるか。相手がどう出るかにも依存してにわかには判然としないが、表を書いて整理すると、こうなる(※2)。
パー | |||
---|---|---|---|
グー | チョキ | ||
グー | パー | アイコ | 敗勢 |
チョキ | 敗勢 | 勝勢 |
これは、よく見ると先ほどの「こっち引くの」の表とまったく同じ構造である。二つ目の手として何を選ぶかについて、さっきと同じ平衡点が存在するのだ。
パー | ||||
---|---|---|---|---|
グー | チョキ | |||
2/3 | 1/3 | |||
グー | パー | 2/3 | アイコ | 敗勢 |
チョキ | 1/3 | 敗勢 | 勝勢 |
結論も同じである。こういうふうに二本目の手を出せば「相手に出しぬかれない」。
まとめよう。両拳における必勝戦略は、このようになる。
A.「ジャンケンポンポン」において、一つ目の手がアイコだった場合は、二つ目の手はそれより強い手を出すこと。
B.「ジャンケンポンポン」において、一つ目の手が相手と違う場合には、二つ目の手として、2/3の確率で相手の一つ目と同じ手を出すこと。残りの場合は、場に出てない手(相手の一つ目とも自分の一つ目とも違う手)を出すこと。
C.「こっち引くの」では、2/3の確率で相手と共通している手を残すこと。
以上の、長々とした考察の、これが結論である。お疲れ様でした。
さて「必勝戦略」などと書いたが、実はこれは「必ず勝てる」戦略なんかではない。特に上の戦略B、Cは、何度も書くようだが「勝つための戦略」ではない。「相手に出しぬかれないための戦略」「確率どおりに勝利をおさめて取りこぼさないための戦略」である。奇妙なことだが、あなたが戦略BとCを守っていれば、相手はBもCも守る必要はないのだ。
要するに、あなたの相手が、小学生でもいくらなんでもこれはまずいとすぐわかる「両手グー」を出さない相手で、かつ、ちょっと理詰めで考えればわかる戦略Aを知っていれば、戦略A、B、Cを完璧に実行するあなたと勝率五割を争うことができてしまうのである。それなりの計算をして「平衡点」まで考えて結論が五分五分というのは、なんだか騙されたような気がするが、なんとなく、それがゲーム理論というものの本質だという気もする。少なくとも、私にとって楽しい暇つぶしにはなったわけである。フォン・ノイマンはなかなか凄い人だと思う。