マイビョー・マイビョー

「ねえねえ、テブクロをさかさまに言ってご覧」
「えーと、ろくぶて」
「よーし、六回殴るぞぽかぽかぽかぽかぽかぽか」
「いたたたたたた、ひどいじゃないか」
「ごめんごめん。お詫びにロケットをさかさまから言ってご覧」
「えーとえーと、とっけろ」
「よーし、十回蹴るぞげしげしげしげしげしげしげしげしげしげし」
「ひい、痛いイタイいたい」
というようなトラップ質問をお互いにしつづけたので、一時期、私の周りでは普通に質問に答えてくれる友人が誰もいなくなった。唐突な願いや質問には絶対に裏があるので、問いかけのタネを知らない場合の有効な防御法は「まともに応えないこと」なのである。理不尽な暴行を受けないまでも、
「指で口を引っ張りながら『学級文庫』っていってご覧」
だの、
「『いっぱい』の『い』を『お』に変えて言ってご覧」
といったさまざまな罠、さらには「法隆寺を建てたのは大工さん」だの「Are youはサカナ?」だのといった、答えが複数あってとにかくハズレの質問などがこの界隈にはたくさんあって、こういう事ばっかりやっているとやはり友達をなくしてしまう。なくさないまでも、質問形式で会話が成り立たなくなるのである。

 さて、その上で聞くが、地上での重力加速度はいくらであるか。そう聞かれたらあなたはなんと答えるか。
「九・八メートル毎秒毎秒」
と答える前に「『約』を付けなければいけないんじゃないか」とか「場所によって違うんだったよな」とか「『地上』というのは本当に地球上か」などと、邪念が湧いてくると思うのだが、今回言いたいのは「メートル毎秒毎秒」の部分である。この前気が付いたが、加速度の「9.8m/s2」という単位は、いったい何と読んだらいいのだろう。「メートル毎秒毎秒」でいいのか。

 よく考えてみると、加速度の単位の「毎秒毎秒」は、最後にくっついているのが変である。速度は「毎秒八一メートル」なり「毎時一五キロ」と読むもので「八一メートル毎秒」とは、言わないではないが、あんまり言わない。「一分あたり五〇〇円」とか「一本千円」なのであって、「電話代は七円毎分」とは言わないのである。これは日本語的に「八一メートル」の後に「毎秒」が倒置されている、ことになるのだろう。「毎日五センチ伸びています」の代わりに「五センチ毎日伸びています」と言うようなもので、意味はわかるけれども、しっくりこない。

 では「m/s2」を「毎秒毎秒九・八メートル」といえばそれでいいのかというと、それもやっぱり変である。この場合問題になるのは繰り返しのほうだ。なんだか意味がわかりそうで、どうも「毎秒毎秒」の辺りに、何とも言えない脱力感、えもいわれぬまぬけ感覚が漂っているような気がする。

 そもそも「毎秒毎秒」は「毎週毎週」に似ている。毎週毎週というのは「期間中毎週毎週二百名様にスピードマン変身タイツプレゼント」というときの毎週毎週で、これを加速度とすれば毎週プレゼントの数がどんどん増えてゆく、ような気もするので、毎週は繰り返さないほうがよいと思うのだが、要するに毎秒毎秒は「二名様にプレゼント」と続けてしまいそうなプレゼント感も備えているのである。プレゼント感というのは、カレンダーの一二月二四日辺りに漂っているあの感覚だ。

 むべなるかな、たいていの物事は繰り返すことによって相対化され、本来の意味が軽くなってゆく。「はい」というのは良い返事だが「はいはい」というのはいかにも面倒くさそうである。「ゴミ」は深刻な問題となっているが「ごみごみ」は単に雑然としているだけである。パンダの名前は「カンカン」「ランラン」であり、チアガールの装備であるアレは「ポンポン」である。「ニューヨーク・ニューヨーク」とか「ゴムゴムの実」とか「キョンキョン」とか「ビリーバンバン」とか、ええと「松島やああ松島や松島や」とか「ガリレオ・ガリレイ」とか「ドグラマグラ」とか、繰り返して軽くなってしまった言葉は枚挙にいとまがないのである。「藤本和憲」君のあだ名が「フジフジ」だったり「ノリノリ」だったりすると、いかにも軽そうだ(大脳の乾燥重量が)。

 なんだかわからなくなったが、とにかく毎秒毎秒は理解しがたい。だいたい「0.1N/m2」は「一平方メートルあたり〇・一ニュートン」だったり「8.93g/cm3」は「一立方センチあたり八・九三グラム」だったりするのに、どうしてこれだけ「毎秒毎秒」か。いや「平方秒」ではよくないのはなんとなくわかるのだけれども。

 いろいろ考えてみたのだが、たぶん、これはこういうことなのだと思う。「毎秒五メートル進んでいる」という文章は正しい。だから、文章としては複雑になるが「毎秒、毎秒九・八メートル分速さを増している」も正しいわけで、いや自分でも心配になってきたが、結局
「速さを増している」
「毎秒これこれだけ速さを増している」
「毎秒(ある速さ)だけ速さを増している」
「毎秒(毎秒九・八メートル分の)速さを増している」
「毎秒毎秒九・八メートル速さを増している」
という成り立ちである。省略されている括弧があって、入れ子構造になっているわけである。こう理解できたからと言って「毎秒毎秒」が直感的にわかりやすくなるわけではないが、一度は毎秒と毎秒の間に「、」を置いて発音してみることは無駄ではない。なんだか腑に落ちたような気がすること請け合いである。

 ところで、こういうふうに入れ子構造になっていると考えると、実は順番が大事なのではないかと思う。「毎秒毎秒」ではひっくりかえしてもあまり意味がないが「毎秒毎時」などと単位を混ぜて使った場合、どうなるのか。つまり、
「毎秒毎時十キロの加速度」

「毎時毎秒十キロの加速度」
であるが、前者が「一秒ごとに、時速十キロ加速する」であり、後者が「一時間ごとに、秒速十キロ加速する」なのである。大差があるような気がする。そして、ここで質問だが、この二つの加速度、どっちがよりスゴいか。いや、なんだか「鉄十キロと綿十キロどっちが重いか」というような質問で、スレた友人達にはあまり感心してもらえないような気もするのだが、まあその、何事も「一発騙されてやろう」くらいの気持ちのほうが、人間の大きさとしてずっと上等である気がするし、私としてもたいへん話しやすい。せめて皆様におかれましては純粋な心を忘れないでいて下さいと、願うばかりである。


※「毎週毎週」については、出典:芦ヶ原伸之「一生遊べる奇想天外パズル」(光文社)
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