補充の極意

「外野は黙っていろ」という言葉があるのだが、この外野というのは何のことだろう。いや、別に何であっても構わない、大丈夫なんとなく感じはわかるのだが、やっぱり野球の外野手のことなのだろうか。そうだとして、たとえば高校野球のチームにおいて何か深刻な問題が持ち上がっていたとする。ピッチャーをやっている鈴木がある日ふとチームメイトにこう漏らす。
「なあ、俺、このまま野球続けていていいのかと思うんだよ」
 二塁手の矢部がうなずいて言う。
「そうだよな。どうせ地区大会も二回戦がいいとこの俺達じゃ、受験勉強やってたほうがマシだって思うもんな」
 右翼手の渡辺が、そんな二人を制する。
「何言ってんだよ。おまえ達の青春はそんなにいいかげんなもんだったのか」
 すると、鈴木と矢部が渡辺のほうを振り返って、言うのだ。
「外野は黙ってろ」
 チームワークもなにもあったものではない。

 などということを語源を調べもせずに書き飛ばしている私であったが、それとは関係なく今回は生活上で持ち上がるある問題、すなわち、使い切ったシャンプーの容器に水を入れるかどうかという問題について議論したい。

 いま、モニタの向こうのあなたがいやな顔をしたような気がするが、続ける。今回は便宜的に「シャンプー」という言葉で代表するが、これは同様の容器入りの洗剤全般、ボディーソープや台所用洗剤といった他の物質についても共通する問題であるということをまず書いておきたい。いや、あなたがますますいやな顔をしたような感じがするが、続けるのだ。シャンプーを使っていて、容器の中を使い切ると、ある選択を迫られる。すなわち、新しいシャンプーに取り替えるか、そのままなんとか使いつづけるか。

 昨今は地球にやさしくなければ生きて行けないので、容器ごと新しいシャンプーに取り替えるかわりに、詰め替え用のパックを買ってきて補充する、ということになったりするのだが、このタイミングは確かに一つの問題である。しかも、いささか入り組んだ問題になっていて、なかなか一言では問題のすべてを記述しきれない。私が書くよりも、仮想的な二人の論者に登場してもらって、言い分を述べてもらったほうがいいだろう。入浴中シャンプーが空になったとき「水を入れる派」のパンチさんと「入れない派」のフック君である。ではどうぞ。

「パンチでーす。いや、だって、シャンプーには水を入れるじゃなーい。だいたい、もったいないっしょ」
「フックです。なんでやねん。そんな貧ボ臭いことせんでええやんけ」
「びんぼくさいって、ひどいなあ。シャンプーだってなかなか高いのよ」
「いや、高いかも知れんけどやな。お前いっつもがちゃがちゃシャンプー押して、えらい仰山使いよるやんか、アレ、もったいないと思うんや」
「いいじゃんよう。私、髪長いから、沢山いるのよう」
 どうもパンチさんとフック君は同棲しているらしい。
「いや、詰め替えを買うてない、いうんやったらまだわかるで。緊急避難ちうやつや。でも買うてあるわけやから。さっさと入れたらええんよ」
「嫌よ。そしたら、混ざるじゃん」
「混ざったってええやんけ。シャンプーはシャンプーやろ」
「うん。まあそれは」
「銘柄が違うかったらまだアレやけど、おんなじやろ」
「うん、でもでもね」
「でもなんや」
「昔ね、台所の洗剤のね、詰め替え用買ってきたのよ」
「うん」
「前のがちょっと残ってたんだけど、まあいいかと思って、ちゅーっと入れたわけよ。ちゅーっと。そしたらどうなったと思う」
「いや、わからん」
「緑色の洗剤が、たちまち真っ白に濁って、なんかもうどろどろになったのよう、どろどろに」
「げ。どういうことやろ」
「トモダチの化学者に聞いたら『エマルジョンになったんだろう』ってた」
「えらい友達がおるな」
「いいじゃん」
「いや、せやなかった。あのな、エマルジョンか何か知らんけどやな。洗ろたらええやんけ。シャンプーの容器をがーっと水洗いしてやな、それから詰め替えたらええねん。何も水を入れてそのままにしとかんでもええはずや」
「…だって、寒いじゃない」
「お前いま、混ざるのが嫌や言うたやんけ」
 フック君はイライラして膝をばしばし叩いている。駄目だフック。怒ったほうが負けだぞ。
「髪濡らしたまま、おフロ出て、棚から詰め替え用取ってきて、封をハサミで切って、容器に入れて、そんなことしてたらフルーになるよ」
「フルてなんやねん」
「フルー」
「どつくぞお前。だからフリューてなんやねん」
「インフルエンザよー」
「けっ、何でも略しやがって。ほしたら『ボニー・ピンク』はボニピンか。『ラブ・サイケデリコ』はデリコか」
「へへん」
「いやせやから、緊急避難はしゃあないねん。いっかい自分が使うだけやったら。俺がいいたいんは、なんでそのまま、水入れたまま置いとくんかていうことやねん」
「うっ」
「自分が使う分、一回なんとかごまかしても、まあ、しゃあないとしよ。それを人に使わすてどういうこっちゃ」
「…」
「何とか一回カミノケ洗ろて、フロから上がって、着替えて。ほしたら、シャンプー補充しとかんかい。なんでそのままにしとくねんて、言うとるねん」
「あー、たいへん遺憾であると」
「それにやな」
「うん」
「そもそもあのシャンプー、俺のやねん。お前のは別にあるやないけ。なんで俺の使こてるねん。なんでその上水なんか入れてくれてるねん」
「いやー、それは。へへへへ。だんなにはかなわねえなあ」

 というわけで、他人のシャンプーの容器にはには水を入れないほうがよい、という結論になった。あと「外野は黙ってろ」という結論もここから導き出せるのではないかと思うが、あまりやりすぎてもいけないのでここで筆を置くのである。


※文中の「エマルジョンではないか」という指摘は、以前もちさんにいただいたものです。勝手に登場させてごめんなさい。復活おめでとうございます。
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