関西を遠く離れた阪神ファンとして、去年からCS受信機器を購入し、阪神タイガースの試合をテレビ観戦している。首都圏の地上波(普通の放送)では阪神の試合がめったに見られないからなのだが、もちろんこういう勝手なことをする代償は高くつく。毎月まいつきある金額を放送局に支払って、有料の野球中継を受信できるようにしなければならないのだ。関西であれば、かなりの場合阪神戦は無料の地上波で放送するから、もったいない気がする、と言えばその通りなのだが、といってここは茨城、ほかにしようもないのである。
しようもない、と言いながら、実はこうして有料放送を見ていて、腑に落ちないことが三つある。ひとつ目は、見ていて阪神が負けた場合である。いや、君のいいたいことはわかる。そんなことで腑に落ちなくってもいたしかたなく私の勝手なのだが、去年のシーズン後半など、夜が来るたびに「どうしてお金を払ってまでこんな不快な思いをしなければならんのだ」という暗い感懐がフツフツと沸き上がってきて、しまいには契約を解除してしまったのだからあなどれない。今年は今のところ負け試合でも笑って見ていられるのだが、スカパーのためにも頑張れタイガース。
月何千円かのことでなんだかみみっちいことをちまちま書いている気がしてきた。しかし続けることにすると、腑に落ちない二つ目は、時々だが、阪神戦を地上波でやる場合である。巨人戦なんかがそうで、日本テレビなり他局なりで中継していると、たぶん契約の関係で、衛星放送では見ることができないらしい。いや、媒体はともかくどこかで見られたらそれでいいではないか、なのだが、衛星放送の場合は必ず試合終了まで放送するとか、いろいろといいことがあって、できれば衛星で見たいのである。それが世の中のしくみというもので、大丈夫だから僕もいつまでも子供じゃないよママ、だが、腑に落ちないといえばその通りだ。関西で阪神戦に関してときどきやっているように、また高校野球でそうであるように、複数の媒体で同時中継を行って悪いことはない、気がするのだが。
さて、三つ目で、今まで挙げた中でも一等にみみっちい感慨が「コマーシャル」の存在である。どういうわけだか理由はよくわからないのだが、野球中継の場合、こうして有料の契約をした上で番組を見ていて、なお「回」の合間になにかしらコマーシャルが入るのを見ることになる。「どうしてお金を払った上でこうしてコマーシャルを見せられなければならんのだ」と当然思ってしかるべきだし、事実、他の、映画やドラマの専門チャンネルでは番組の途中でコマーシャルが入るようなことはない。ただ、F1やサッカーと違って野球というスポーツは、どうも攻撃の交代時にしばらく間があくようにできていて、ではその時間にほかに何か見たいものがあるか、と聞かれると確かになにもないので、これで契約料がいささかでも安くなるなら、これでいいのかもしれない。
というわけで腑に落ちないふにおちないと言いつつ楽しく放送を見ているのだが、虚心な感想として、どうも、この衛星放送においては保険関係のコマーシャルが多い気がする。「よく見かける」程度ではない。放送局自体の番組の予告と、阪神タイガース関係のグッズ販売の次くらいに多い。しかもだいたい自動車保険の宣伝であり、今入っている保険よりも保険料が安くなり、事故のときの対応も万全で、ロードサービスまで用意されていて、しかも顧客満足度は非常に高い、と主張しているのである。しかも乗り換えも簡単で見積もりも無料らしい。なるほど。
一般論として、今まである金額を支払うことで受けていたサービスなり商品が、理由もなく安くなるということは、何かを疑わねばならない。デフレの世の中、そうとばかりは言いきれないのが痛いところだが、大抵の場合、それは何らかの危険を意味するのであり、客は、危険を看過することによってお金を節約するチャンスを手に入れるのである。たとえばスーパーで異常に安い食べ物は賞味期限が迫っているのかもしれないし、単においしくないのかもしれない。安い服は目立たない穴が開いているのかもしれないし、流行が過ぎ去っているのかもしれない。流通経路を工夫したりなど、本当に経営努力により安くなった場合もあるだろう。しかし、詐欺でない限り、安さには何か必ず理由がある。
しかし、この保険の場合は、確かにその理由がある。宣伝フィルムに出てくる俳優が、たとえばこういう風に言うのだ。
「日曜日しか自動車を運転しない私が、どうして毎日乗る人と同じ保険料を払わなくちゃいけないんだ」
もっともである。主として「システムが面倒になる」という理由でもって、少し前までの自動車保険が無視していた事柄だが、すべての契約者が同じ確率でもって事故にあうわけではなく、さまざまな可能性の濃淡がそこに存在している。運転が無謀なのか慎重なのか、車はスピード第一の設計かそれとも戦車のような頑丈さなのか、毎日数百キロを運転する職業運転手か日曜にちょっと買い物をするだけのドライバーか(※)等々である。年齢やこれまでの事故、違反の履歴でもって保険料に差がつくシステムは既にあった気がするが、このへんの事故率をより正確に保険料に反映させられるようにすれば、事故を起こさなさそうな人には、今までの保険より有利な契約を、安く合法的に提供できるだろう。
ここまではよい。もっともな話だ。しかし、私が阪神戦の合間にコマーシャルを見ながら思ったことはちょっと違う。こういう保険が普及して、事故率の少ない優良ドライバーが全部新しい保険に行ってしまったとしたら、今の私のように毎日会社に自動車で通っている人間にとっては、保険はどういうことになるのだろう。
私は、幸運もあり、今まで大きな事故を経験したことはない。運転が上手とは到底言えないとは思うが、少なくとも、無謀なほうではないと思う。しかし、毎日会社に行くために車を使っているので、保険料はこのコマーシャルが勧める新しい保険に切り替えても、そんなには安くならないだろう。それどころか、もし、すべての契約者が今の保険料について真剣に考え直し、各自最も有利な保険を選択した場合、私の保険料はかえって高くなると思うのである。つまり、私と同じ保険に今まで入っていた、事故をめったに起こさない「優良ドライバー」がこぞって他の保険に乗り換えることによって、私と同じ保険の契約者に残るのは、しょっちゅう事故を起こしている「危険なドライバー」ばかりになる。保険会社はそれら危険ドライバーが事故を起こすたびに保険金を支払わねばならず、それとバランスをとるためには全体的に保険料を値上げするしかない。保険会社だって、食わねば生きてはゆかれないのだ。
保険というものは、基本的に期待値がマイナスになる「賭け」である。宝くじだって競馬だってパチンコだってカジノのルーレットだってそうだが、胴元の取り分を残しておかないと彼らが食べてはゆけないのだから、当たり前の話、戻ってくるお金ともらえる確率を掛けた「期待値」は、自分が払う保険料よりも少なくなる。自分(の遺族)が一億の生命保険を受け取る確率は、保険の掛け金を一億で割った値よりも少なくなるはずなのだ。したがって、もし自分に一億円の資産があれば「保険をかけたつもり」になってイチかバチか保険期間を健康に過ごせることに賭けたほうが、賭けとしては分がいい。普通は突発的な事故に対してそんなにホイホイ払えるお金がないので、保険をかけ、分が悪い賭けを黙って耐え忍ぶ、そういう性質のものなのである。
というわけで思うのだ。こういう保険が出現することは長い目で見ると危険ではないかと。優良ドライバーの多くが、掛け金の安い保険に乗り換えて、その結果、普通より事故の確率が高いドライバーの保険料がぐっと高くなったとする。高くなった保険料を支払えなくなった一部のドライバーは、自分が事故を起こす確率を低く見て(あるいはいたしかたなく)、保険の上限を切り下げるか、あるいは保険に入らないことにする。黙って高い保険料を払うか、車を使った業務を取りやめるということもできるが、それで生活をしている人(つまり職業ドライバーであり、したがって危険ドライバー)にとって、車を使わないでいることは難しい。保険料の値上げも、辛いことだろう。
そうすると、恐ろしい結論になるのではないか。世の中に、十分な保険をかけていない危険なドライバーが、数多く登場することになる。つまり、保険料が払えず、保険をかけていないドライバーが増えて、無謀なドライバーに跳ねられるなどして事故に遭った人が、それに応じた賠償を受け取れない場合が多くなる。これまで優良な多数のドライバーによって支えられていた保障システムが崩壊した結果、そういう事態にはならないか。
いや、本当にこういうことになるのかどうか、よくわからない。CSのコマーシャルでやっている保険会社は、コマーシャル・フィルムの作りからしてなんだか怪しい感じがするので、そんなに多くのドライバーを巻き込んだ、大きな動きには結局ならないのかもしれない。私は保険のしくみについてそんなに専門的な知識があるわけではないので、何か大きな勘違いをしている可能性もある。だいたい、自分の保険料が安くならないために利己的なことを書いているのだ、と思われてしまうと、ちょっと心外なのだが、そのへんがうまく伝わったかどうか不安だ。
うまいたとえにはならない気もするが、たとえば「阪神タイガースが負けたら受信料が安くなる」という料金体系があったとしたら、CSの阪神中継について私が腑に落ちないところはずいぶん減るだろう。ただ、その場合、やけに調子のいい今年のような年は、料金がうなぎ登りになるかもしれない、という危険と隣り合わせである。だからして、いくら腑に落ちないシステムとはいえ、コマーシャルをしっかり見て、負け試合も我慢して見て、お金を払い続けようではないか。そうすれば、戦力補強のためのお金がまわりまわって全球団(ではないかも)に流れこみ、私の大好きなプロ野球というシステムが維持されるのかもしれない。本当に、たとえ阪神は負けたとしても、そのほうがいいなと思う。