マジックの火を灯せ(後篇)

 というわけで、前回の続きである。おさらいをすると、こうだ。
 ・ここでは「マジックミラー」という言葉は、手品師のニックネームではなく、片側鏡、片側ガラスの、一方通行の窓を指すのである。
 ・実はこれは「ハーフミラー」というもので、これには裏表はない。ハーフミラーはマジックミラーの役割をだいじょうぶ果たす。
 ・警察の取り調べ室ではカツ丼はご馳走してもらえないらしい(未確認)。
 ・アミアミになった白いレースのカーテンについて大西がトウトウと書いた。
ピンと来ない人は前回から読み返してください。お願い。

 では続きだ。ハーフミラーは、実はどっちが明るいかによって機能の向きを変える、本来裏表対称なものである。片側が鏡、片側が素通しのガラスであるマジックミラーは現実にはないのだが、あるとすればどんなものだろう。
  ◎表から来た光は、裏に一〇〇パーセント通過する。
  ◎裏から来た光は、やはり裏に一〇〇パーセント反射する。
 これが単純に考えた「片側が鏡片側がガラス」だと思われる。裏から表の様子は見えるが、表からは裏の様子は見えない。しかし、よくよく考えると、これではうまくいかなさそうである。表からこの仮想のマジックミラーを見ると「鏡」ではなくて、「真っ暗」という結論になる。
  ◎裏からは、表面と裏面両方の像が重なって見える。
  ◎表には、どちらから入った光もいっさい出てこない。
というわけである。隣の部屋の覗き見をするという目的下ではこれでいいのだが、取調室にいる人にとって「壁になんだか黒い板がはまっている」のは、マジックミラーとは言えない気がする。

 ではこうしよう。
  ◎表から来た半分だけ反射して残りは通過する。
  ◎裏からの光は全部もときたほうに反射する。
これならうまく行きそうである。表からは「なんだか暗い鏡」に見える。裏からは、自分の姿と鏡の向こうが重なって見える(だから、手元を十分暗くしておけば普通に向こうが見える)。ハーフミラーとの違いは、裏からの光がいっさい表側に出ない点だ。これではどうか。

 マジックミラーとしてはこれで十分である。ところが、基本的な物理法則からして、やっぱりこれは存在し得ないのである。こういった非対称な機能を持つ鏡は、要するに両面の明るさに関係なく、ある面からある面に多数の光子を通すというものである。そうすると、光子というのはエネルギーなので「低温がわをより低温に、高温がわをより高温に」という操作が、この鏡一枚で可能になってしまうことになる。これは変だ。

 よくわからないだろうか。たとえば、このマジックミラーで箱を作る。その際、完全鏡面のほうを内側に、つまり覗く人側を内側にする。隅のところをうまく処理しないといけないが、原理的には、外からは光が入ってくるけれども、中の光は出てゆかない箱が作れる。これは一種の「ブラックホール」である。箱の中の光は、反射するだけで絶対に表に出てこない。外の光は箱の中に入れるから、最終的には箱が赤熱して熔けてしまうまで、箱の温度は上がるはずである。

 温度が上がってなにがいかんのか、と思う人は思うかもしれないが、これは重大なルール違反なのである。温度差があると、ある種の機関を使うとそこからエネルギーを取り出すことができる。周囲の温度を下げながら動く永久機関が作れるわけだが、これは熱力学の法則に反していて、できないとされている。熱力学の法則が何ぼのもんじゃいその法則のほうが間違っとるんと違うんか、とまで言われると少々困るが、要するに「真のマジックミラー」を作るという行為は「熱力学の第二法則」という基礎的な法則と刺し違えになるということなのである。容易にはできない。たぶん、不老不死のほうが簡単にできる。

 もちろん、以上の議論はマジックミラーに外から動力を与えない、という条件があっての話である。クーラーや冷蔵庫、CPUを冷やすペルチェ素子がそうであるように、外からエネルギーを与えてよいなら、法則が破れたことにはならない。一方通行の鏡もあってかまわない。箱は赤熱するかもしれないが、それは箱にエネルギーを与えたからである。

 そして、動力を使ってもいいから真のマジックミラーというのがないかと考えてみると、実は「テレビカメラとテレビのセット」というものが、要するにそういうものであるという気がする。カメラがわからテレビがわは原理的に見えない。これは「マジックミラー」そのものであると思うのである。

 たった一つ、テレビカメラとマジックミラーが違う点は、撮られている側が「ああ、今オイラ撮られてる」「監視されてる」と思うかどうかである。隠しカメラという方法もあるが「植木の影から撮影する」と「のぞき穴を開けて気付かれないようにのぞき見る」というのは要するに同じことなので、今一つ「マジックミラー」がいがない。正面から堂々と、相手に見られていると思わないで見たいのである。それがマジックミラーではないか。

 あ、ハーフミラーの後ろにカメラをしかけるというのはどうか。いいんじゃないか。えーと、なんか考え方の根本からして間違っているような気もするが、何も不都合なところはない…かもしれない。真のマジックミラーは「ハーフミラーの後ろにテレビカメラ」ということで、ええい、決定ということで、ひとつ。例の、工事を間違えた取調室(もしかして、間取りの関係で取調室のほうが暗くなってしまったのかもしれない)も、こういうふうにリフォームすればいいと思う。


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