電話で覚える年号

 軍隊のことばで「午後二時ちょうど」のことを一四〇〇と呼ぶことがあるらしい。もちろん私は一介の民間人なので、今でもそう言っているのか、いや以前は本当にそう言っていたのかさえも保証の限りではないのだが、ひとよんまるまる、と読んだりすると聞いたことがある。真の理由は私にはわからない。ただ、たとえば「午後3時35分に突撃する」などといった内容を電信で伝えるときに、「ごご」だの「PM」だの「時」だの「:」だのを書いていると電文が長くなってしまうのは確かで、それを言えば「P」ですら無駄であって、「1535」と打てば短いし、曖昧さもない。とまあ、そういう想像で、そんなに間違ってはいまいと思う。

 同じ理由からか、私の勤め先では二四時間制を採用している。もちろん「ひとよんまるまる」なんてことは言わないけれども、「二時に」よりは「一四時にF会議室」のほうをよく使うようだ。私も(以前はそれほどでもなかったけれども)一三時から始まって一七時に終わる、午後の時間の考え方にすっかり慣れてしまった。

 ところが、しばらく英会話の講義というものを受けていたことがあって、その先生だったカナダ人の方は、「北米では二四時間制をまったく使わない」ということを、強調しておられた。軍隊とか、科学者とか、あるいは会社の中など、限られた小さい社会の中では使うのかもしれないが、一般の会話に出てくることはほとんどないというのが、この先生の主張である。日本ではどうだろう。少なくとも天気予報では「18時から24時までの間に雨の降る確率は」とやっているし、JRの切符には「18:00発スーパーひたち」と書いてあるから、そのへんの普通のおじさんおばさんに「17時に帰ります」と言ってもまずは通じると思う。カナダでは、こういうのもひたすら「PM6:00発フレッシュのばすこしあ」なのかもしれない。

 もちろんこういう事柄は文化であり、首尾一貫性のようなものを求めても仕方がないのだが、効率についての考え方もそれぞれなのかもしれない。「時間の表し方」というのは、文化と科学のぎりぎりの境界のような気がするので、効率のよい二四時間制を使わないのは、やや意外なのだが、考えてみればヤードポンド法の国ではある(米国ほどではないらしいが)。

 似た事柄に、円周率の覚え方、というものがある。数字の羅列よりは文章のほうが覚えやすいから、日本ではこういう数列を一般に語呂合わせで覚える。一度書いたことがあるが、
「産医師異国に向こう」
が、
「3.14159265」
に対応する。「煮よ良くよ焼くな」「良い風呂」とか「ご苦労さん」「ヨロシク」の類である。

 これが外国ではどうなのかというと、少なくとも英語圏においては、ガードナーの書いた本に書いてあったところによると「文章を覚え、その単語のそれぞれのスペルに含まれる文字数で覚える」という方法を取るらしい。たとえば「This is a pen.」という文章を、Thisが四文字、isが二文字というふうにして「4213」という数字に対応させるのである。

 これは、我々のやり方に比べて、なんだかうまい方法に思える。語呂合わせの場合、音の数に比べて何かの数字に対応する音の数があまりにも少ないし、「い」は果たしてイチなのかイツツなのかなどという曖昧さが生じることもある。そこのところ、単語の文字数で覚えるなら、かなり自由に単語を選ぶことができるので、意味のとおった覚えやすい文章を作るのも簡単そうである。心配なのは「この単語どう綴るんだっけ」と悩んでしまった場合で、colorとcolourのような場合、非常に困ると思うのだが、まあ、そういう単語はあまりないのだろうから、避けて通ればそれでいい。

 もっとも、少なくとも米国において、電話番号に関しては、別の覚え方があって、こちらのほうがよく知られている気がする。「1-800-MY-APPLE」云々と書いてあるもので、どういう理由でかは忘れたが、むこうの電話には、数字の横に、いくつか文字が書いてあるのだそうである。MならMの文字が書いてある数字を押せばよい。これは曖昧さもなく覚えやすさも抜群である。

 そこで、思いついたのだが、日本でもこれをやればどうか。昔のプッシュホンには、日本語の文字は書いてなかった。しかし、いまや広く普及した携帯電話では、誰もが電話の鍵盤を使ってメールを入力しているのである。誰もがというのは言い過ぎかもしれないが、私の母が苦もなくこなす程度には普及していて、たとえ携帯電話のメールをまったく使わない人でも、携帯電話を持っている限りは、すくなくともその文字盤は手元にある。持っていればボタンの横には「あ」とリマインダが書き加えてあるのだ。

 この場合、置き換えのルールは、1が「あいうえお」、2が「かきくけこ」で、以下7が「まみむめも」、8が「やゆよ」、9が「らりるれろ」、0が「わをん」となる。覚えようとする数字をこの文字を使って単語なり文章なりに変換する。濁点、半濁点は自由につけてよいし、拗音促音などの「小さい文字」に変えても構わない。これなら簡単に、数字の羅列を短文に変換して覚えられる。何よりいいのは「は」「へ」「を」のような限られた場合を除き、曖昧さをほとんど生じないことである。やってみよう。

 なんと大きな平城京

これは、710(なんと)年に平城京に遷都されたことを覚える語呂合わせである。ちょっと「と」が10なのがアクロバティックだ。これが、この「電話法」を使うとこうなる。

 これからは平城京「メイン」

め、い、んがそれぞれ7、1、0に相当するわけである。なんだか難しそうだが、やってみると「覚え方→数字」の変換はそれほど難しくない。電話で文章を書きなれている人なら指を動かしてみればいいし、そうでなくても、携帯電話を取り上げ、ボタンを押してみるとわかる。

「鳴くよ」うぐいす平安京(平安京遷都、794年)→平安京は「もろた」
「石の国」見つけたコロンブス(アメリカ発見、1492年)→「おどろき」アメリカ発見
「以後よさ」ないか鉄砲戦(日本への銃器の伝来、1543年)→「あなたさ」まに鉄砲
「パパしわ」だらけ(エベレストの海抜、8848m)→「ややたよ」りないエベレスト
「西向くサムライ」(小の月の覚え方、246911月)→「かっぱらい」
「やくざ」だ銅(純銅の密度、8.93g/cm3)→「やらし」い銅

私の浅学非才も手伝って、こうして書いてみると思ったほど覚えやすくないような気もするが「回避も『ありえた』第一次大戦」とか、そういうデコレーションを加えれば、少しはマシになりそうである。円周率は、ええと、がんばって作ってみた。

 すいとうならこぶのせなより

水筒なら瘤の背より、というラクダに関した短文だが、これで円周率の最初の十三桁になっている。試してみてください。私の作ったへっぽこな覚え方はともかくとして、この「電話法」自体は、無限の可能性を感じるなかなか素晴らしい方法だと思う。

 さて。「素晴らしい」と褒めておいて梯を外すようなことを書くのだが、上に挙げたいくつかの例を作成していてわかった。この覚え方は、普及させるのは難しいかもしれない。いったんできた覚え方から数字を思い浮かべるのは比較的容易なのだが、覚え方を作るのが難しいのである。「かねもと」にするか「このみち」にするか、長文になればなるほど、作業は遅々として進まない。

 つまりこの、数字から単語を作る作業は、要するに子音だけが並んでいるところに母音を補っていって単語にする作業だが、これがなかなか、今までやったことのない作業なのである。語呂合わせは、比較的駄洒落に近い能力を発揮することになるが、電話式の覚え方、あいうえおを縦にシフトさせて意味の通る単語を探す作業には、駄洒落を作るのとは、また違った「筋肉」が必要になる。

 そういえば、聖書が書かれているヘブライ語とか、ピラミッドに刻んであるヒエログリフは要するにこの「子音だけ書く」という記述法である。当時の神官なり何なり、文章を読むひとは、どうやっていたのだろうと思う。なんだかわかったような、わからないようなことになるのではないかと思うのである。


※特別ふろく:比較的簡単なようなそうでもないような気もする「電話法」の覚え方の作り方。
一.覚えるべき数字を縦に書く。たとえば「5963」の場合は、





二.次にその横に、対応する文字列を書く。
5なにぬねの
9らりるれろ
6はひふへほ
3さしすせそ

三.さらにその横に、一文字開けて、選んだ文字を書く。これを取捨選択しながら、完成に近づけてゆく。
5なにぬねの な
9らりるれろ ら
6はひふへほ は
3さしすせそ し

四.「あ」の段ばっかり取るのは、ちょっと安易な気がするので、もっと悩む。
5なにぬねの な
9らりるれろ る
6はひふへほ へ
3さしすせそ そ
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