百年後にどうなっているかは誰にもわからないことだが、2003年7月現在、ウェブブラウザにwww.mars.comというアドレスを入力すると、火星ではなく、「MARS」というお菓子メーカーのホームページに接続される。MARSという名前を聞いたことがなくても「エムアンドエムズ」という、糖衣でチョコレートをくるんだ菓子のメーカーだといえば、なるほどと思う人が多いのではないか。
エムアンドエムズの糖衣には、なにも惑星を表したものではないと思うが、六色のカラーがついている。赤、オレンジ、黄色、緑、青、それから茶色だ。といっても、サクマドロップのように、色によって味が異なるわけではなくて、どれもチョコレートを糖衣でくるんだ味がする。まあ、飾りである。
この小袋を駅の売店で買って、袋の端の所を少し破って、手のひらに数粒出して、食べる。昔から思っているのだが、この手のチョコレートというのは、量と満足度があまり比例しない。一粒食べるよりも、二粒いっぺんに食べるほうが嬉しいかというと、それはまあ、嬉しいことは嬉しいけれども、二倍嬉しいことはないという気がする。小さい粒を一つづつ、時間をかけて食べるのが、結局のところ最もお小遣いを有効活用する方法なのかも知れない。お菓子相手に有効活用せねばならないほど、懐が寂しいわけでもない、と言いたいところだが、口一杯に含んでがぶがぶ食べるものではないのは確かだ。
さて、これを手のひらに、ざらっとあけて、しまったと思った。出しすぎた。五粒も出ている。これはさすがに「もったいない」のレベルである。と、見ると、これはどうしたことだろう。出てきた五粒の色は、五のうち四粒までが茶色だった。残り一粒は黄色だが、茶色ばかりの手のひらを見ていると、なんだかあり得ないことが起こったような、奇妙な感じがするのである。何か理由があるはずだ。マーズ社は茶色のエムアンドエムズしか作らないことにした、とか。
慌てず転ばず計算をしてみよう。袋から五粒取ったとき、同色四つと異色一つの組み合わせになる確率はいくらか。袋の中に、もともと何色がいくつ入っていたかはわからないが、元をたどれば、まず同じような数作られているだろう。子供の頃、明治のマーブルチョコレートでやってみたことがあるのだが、一粒も食べてない状態で、一袋全部をテーブルの上に出して、数を比較すると、必ずしも全色同じ数にはならない。これはたぶん、もっと大きな単位、たとえば1ロットについて各色がだいたい同数なのであって、一箱なり一袋買ってきたときの各袋の中身は、平均から大きくばらつくこともある、ということなのだろう。エムアンドエムズがこれと同じかどうかはわからないものの、これだけ似ている商品である。たぶん製造工程も同じようなものだろう。
さて、そういうことであれば、求める確率は「茶赤橙黄緑青各五個入っている袋から五個とって四個が同色」等々ではなく「各色比率が等しい無限に大きい袋から五個取って四個が同色」になる、と考えていいだろう。たまたまこの袋に茶色が多かったかどうかは、この際確率計算に関係ないわけである(※)。
であれば計算は、まず暗算でもできるくらい簡単になる。最初の一粒はどれでもいい。次の一粒は一粒目と同じでなければならないから確率六分の一、次も同じで六分の一、その次も六分の一、最後の一粒は他の色なので六分の五。これらをみんな掛けて、それから同色の配置順はどうでもいいので、組み合わせ数の五を掛ける。これが答えだ。一二九六分の二五。約二パーセントだ。確かに珍しい。出席者五〇人くらいの結婚式の二次会で、ビンゴゲームに最初に当籤するくらいの確率。しかしまあ、天変地異が起こるほどではない。
電車の中、読む本も持っていなかったのでぼうっとこの小さな偶然のことを考えていて思いついたのだが、エムアンドエムズ・ポーカーというのはどうだろうか。袋から五粒取る。手の高いほうが勝つ。ポーカーではランクの高い役はすなわち出にくい手ということになっているので、いろいろな「手」について、確率を計算すれば、自動的にこのゲームのルールがわかることになる。さすがに暗算ではこの計算は難しいが、今やってみた。
ワンペア(色が同じペアが一組だけある):四六・三%
ツーペア(色が同じペアが二組ある) :二三・一%
スリーカード(色が同じ三つ組がある) :一五・四%
ストレート(全部色が違う) : 九・三%
フルハウス(三つ組とペアが両方ある) : 三・九%
フォーカード(四つが同じ色) : 一・九%
フラッシュ(全部同じ色) : 〇・〇八%
フォーカードまでは比較的出やすい手であり、エムアンドエムズ五袋くらいを使ってこのゲームをやったら、一回くらいは出るはず、ということになる。そう思うとかなりありふれた幸運である。この中では、最高位のフラッシュだけはぐっと出にくい手で、確率は千分の一をちょっと割る。五秒に一回の割で繰り返しゲームを行うとして(いや、実際にやるとチョコでチョコで大変なことになると思うが)一時間くらい続けると、そのうち一回出るかどうか、という確率になる。
ところで、手を構成するチョコの数がポーカー式に五つなのは、たまたま今回私の手のひらに出てきたのが五個だったのでそれで計算をはじめたのだが、エムアンドエムズは六色なので、本当はいっぺんに六つ手のひらに出して「手」を作るべきなのかもしれない。そうすればフラッシュは十万分の一と、宝くじ並の確率になるし、なによりストレートが「全色揃い」という非常に綺麗な手になる(確率は約〇・一五%で、フラッシュよりはかなり出やすい)。ただ、スリーペアや三・二・一、あるいは三・三、四・二といった組ができるので、ゲームが複雑になって、どれが高位の役なのか覚えにくいきらいはある。やはり五個がいいかもしれない。
さてここで、MARS社に提案がある。「ぺッツ」のような、しかしチョコが自動的に五個いっぺんに出てくるようなディスペンサを作るべきである。そうすれば、上のようなゲームで遊べるし、消費者が一遍に五個づつ食べてくれるので消費がぐんぐん伸びてそのぶん売れ行きも伸び、その上このディスペンサをものものしく格好よく作ってプレミアをつければ、さらに消費が跳ね上がって大もうけができる。色分けさえされていれば、べつにお菓子はエムアンドエムズである必要はない気がするが、つまり「早いもの勝ち」ということでもある。ぜひ検討いただきたい。
とまあ、そういうことを一気に考えたわけではないけれども、つらつら思っているうちに、電車は目的地に着き、気が付くとエムアンドエムズの袋の中は空になっていた。またやってしまった。どうしてこう、考え事をしていると、袋が空になるまで自省もなく一気に食べてしまうのだろうか。前言を翻すようだが、お菓子は、消費者が考え事をするように作ってこそ、次の百年を生き延びられるのかもしれない。