よく聞く話じゃないかと思うんですよ。夜中にふと知っている人の夢を見て、目が覚めて、久しぶりだなあ、と思っていたら電話がかかってくる。そうしたら、その人が亡くなった、と知らせる電話なんです。わ、なんでだろう。
この前読んだ本に書いてあったんですけどね、これ、科学的に説明がつくんだそうですよ。誰かの夢を見たあとでその人が死んだことを知る、確かにものすごい偶然の一致です。何か、テレパシーでも予知能力でもかまいませんが、ナニか説明がなきゃいかんと思いますよね。でも、超常的なナニをもってこなくても、なんてことない偶然で説明できると、そう聞きました。
でね、その説明なんですけど。そもそも「夢を見た後にその人の死を知る」がどれくらい偶然なのか、よくわからないところが問題なんです。わかりませんか、わかりませんね。つまり、たとえば一万分の一でもいいし、一億分の一でもいいんですが、なにか確率があるはずでしょう。「夢を見る」と「亡くなったと聞く」が、超自然なし、テレパシーなしで宇宙人抜きで偶然に一致する確率です。たまたまそういうことが起こる確率は、絶対にゼロじゃない。「珍しい」だけで「あり得ない」ことじゃないんですから。
で、それが仮に一万分の一だとしましょう。一万分の一なんてのは、ぱっと見たところ「起こらない」って言っていいようなものですけど、一年は三六五日ですし、十年は三六五〇日です。毎日まいにち一万分の一ということは、だから、ざっと三〇年に一回くらいは経験して不思議じゃない、ということになりますよね。だから、そのくらいの偶然だったら、私やあなたが、一生のうちの何度か経験しても何も不思議じゃない。
じゃあ一億分の一だったら。さっきよりは困ったことになります。いまの計算だと三百年ですから、あんまりあることじゃない。でも、人間はいっぱいいるわけで、一億人いたら、一晩に誰か一人くらいは経験しているはず、となりますよね。だから、自分の身に起こったらびっくりだけど、「誰かが経験した話」としてなら、ありふれた話になってしまうんです。えーと、話合ってますよね。宝くじを一枚買ってそれが一等賞、という確率がだいたい一億分の一です。これも、自分には当たらないけど、誰かには当たってるんですよね。
というわけですから、もしかして一兆分の一なんていう数字が出ても、一億人が三〇年間に一回くらい経験するんだ、と思って納得できます。それよりもっと、一京分の一となると、まあ、確かに変で、何か偶然以上のことが起きたんだろう、それはなんだろうと調べてみる価値が出てくる。そういうわけです。「めったに起こらなさそうなこと」が本当は「どれくらいの確率で偶然起こることなのか」をちゃんと計算して、それが一兆分の一とか一京分の一より多いか少ないか考えて、それからはじめて驚くべきことかどうかがわかる、ということなんですよ。
ずばーっ、と言っちゃったつもりなんですが、まだわかりませんか。ここがわからないと私の言いたいこと、分かってもらえないと思うんですよね。じゃ、ちょっと表を書いてみますね。ええと、
1.夢を見た後にその人が亡くなった | 2.夢を見たがその人に異変はなかった |
3.知人が亡くなったけど夢は見なかった | 4.夢は見なかった。亡くなってもいない |
なんか4なんて、ミもフタもありませんけど、要するに1が偶然以上の確率で起こるのかどうかは、2や3、4がどれくらいあることかがわからないと計算できないんです。4に比べて2や3がどれくらいあるのか。1は2と3がたまたま重なった場合にだけ起こるのか、それともそれより多いのか。1はカウントされる、というか、起こったら珍しいから人に話しますけど、4はもちろん、2や3は誰にも言いませんよね。だから1だけが目立ってしまうんですが、それじゃいけません。本当は2も3も4も、起こった数をちゃんと数えた上で、確率を求めないといけないんです。
で、じつはそれ。ここからが言いたいことなんですけど、そこでです。これを数えるのは、どうしたらいいんでしょう。この中では3が一番数えやすいですね。過去の人生で、何人の知人が亡くなったか、というのは、少し頑張れば数えられます。1は忘れないので何回あったか明らかでしょうし、あとは2がわかれば、4は自動的に計算できます。今まで生きてきた日数から1と2と3を引けばいいんです。
これなんですよ。2なんです。思うんですけど、わたしたちは、はたしてどれだけ、知人の夢を見るんでしょうね。そして、その夢のことを、どれだけ覚えているんでしょう。これ、すごく忘れやすくて、すごく見積もりにくいんじゃないかと、思うんです。なにしろ忘れてしまうんですから。実数がどれくらいなのか。いやもう、この「虫の知らせ」を説明しようとする人の議論の、一番弱いところがここじゃないかと。
それでね。じつは今朝、あなたの夢を見たんです。だから、ああ2の例だ、と思って、しっかり覚えていようって、そう思ったんです。うん、だから今、あなたが無事でこれを読んでくれて、本当に良かった。ほんとに、怒られるかもしれないんですけど、1にならずに済んで、よかったなあ。