他人の趣味に文句をつけるという行為は、それはもう甘美なもので、どうしたものか、自分に対して特に何の迷惑もかかっていない場合でも、なにかしらひとこと言いたい気持ちになるものである。例としては「電車の中で携帯電話に向かってメールを書いている人にいわれのない怒りを覚える」というのがちょうどよい。本当に、何の迷惑もかかっていない。指の動きが邪魔になるわけでも、音がうるさいわけでも、まぶしいわけでもくさいわけでもない。しかし、なんだか文句を言いたくなるのである。電車の中というと「地べたに座る」「化粧」もこの類かもしれない。よくよく考えてみると、これは要するに「楽しそうなのが悔しい」ということに過ぎないのではないか。
迷惑がかかるから嫌なのか、嫉妬を感じているだけなのか、これをごたまぜにして良いわけがない。第一、私はどこに出しても恥ずかしくない趣味の持ち主なのかというと決してそんなことはないので、「お互いさま」のゴールデンルールでもって、いくらジェラシくてもおいそれと口出しなどしてはいかんのである。ただ、本質的に人間とは「他人が楽しんでいるのを見ると文句を付けたくなる」という、そういうものであるとあらためて認識しておくと、世の中少しは暮らしやすくなるかもしれない。たとえば「またインターネットを使った犯罪」云々、と報道されているときなどに、ああ、他人がネットで楽しそうなのが気に入らないのだな、と理解するわけである。ここのところすこしブラックなのである。
さて犬である。つまり、今回の話は、他人の犬の飼い方についてウンヌンしようということなのだが、一応、しつこいとは思うが重ねて断っておくとこんなものは個人の自由であって、他人にどうこう言われる筋合いのものではない。もちろん、虐待に対しては動物愛護条例のようなものがあるわけだが、そういう極端なものでなければ、まあ、どうでもよろしい。服を着せようと抱っこで散歩しようと構わない。月一回美容院に連れて行こうと車に「犬が乗っています」のシールを貼ろうと、部屋の中に犬小屋があって「ハウス」と命令すると犬がそこに入ることになっていようと、どうということはない。
などと書いて「大西は本当はこういうことに文句を言いたいんだ」と誤解を受けてはいけないのだが、違うのだ。書いているうちに調子にのってつい列記してしまったが、ここで主として言いたいこと、特に私が違和感を感じて一言いいたくてたまらないのは「飼い犬に自分の姓をつける」ということ、それだけなのである。本当。
落ち着いて説明しよう。たとえば、犬に「コロ」という名前をつけたとする。私は大西なので、この犬は「大西コロ」ということになって、そう言うふうに呼称される。いや、私はしないが、そういうことをする人はいて、たとえば写真のキャプションに「大西コロ」と書いたりするわけである。これはどうなのか。
「犬も家族である」と考えている人のことを、否定したいわけではない。一般的に言って、ただの番犬として、一種の道具に近い意識で家に犬を置いている人よりは、家族の一員と思って犬と生活しているほうが、私にとっても好ましいことである。ただ、だからといって「大西コロ」ではないような気がするのだ。そうではなくて、私の意識としては、犬はそれだけで一個の家庭を持っていて、かれらは「大西」ではない気がする。大西に入れてやらん、ということではなくて、むしろ「大西に入れてもらう必要なんかない」とあっちが思っている感じがする(あくまで私の主観だけれども)。
突き詰めて言えば、こういうことだろう。私がまだ小学生のとき、私が飼っていた犬や猫は何度か出産経験があったりしたので、明らかに私自身よりも生物としての熟練度が高い感じがしていて、そんな犬猫のことを「弟」や「妹」とはどうしても思えなかった。私の末の妹ではなく、家族だけれども何か別個の存在。住み込みで働いている一家があったりする名家なら、私の感覚に似ているかもしれない。ちょうど「大西家」の中に「コロ家」という別の家が入っているような具合である。
そんなふうなので、飼っている動物に「木村さん」のような名前を付ける感覚が、ちょっと好きだ。「どこでもいっしょ」というプレイステーションのゲームがあるが、この主人公で妙に有名な直立白猫「トロ」の名前は正式には「井上トロ」と言ったと思う。あくまで「大西」ではないところが、可愛いのである。
ところで、私の妻、無断で実名を書いてしまうといけないので、今仮に私の妻の名前(旧姓)を「浜崎あゆみ」とするが、その実兄が、犬を飼いはじめた。その名前が(たとえば)「アイ」という名前である。何の問題もない気がするのだが、これが、実兄の姓をくっつけて、こう呼ばれている。
「浜崎アイ」
なんだか、非常にややこしく、こういうことを言ってはなんだが、入ってはいけないところに犬が入ってきたような感じがするのであった。犬には、別の姓をやってください。さもなければ、兄弟姉妹とは似てない名前を。