原子核とボールペン

 いうなれば、わたくしどもは、すべからく門外漢であります。といいますのは、そもそも定義からして、自分の専門とするわずかな分野を除きましては、人は非専門家です。わたくしは冷蔵庫の作り方を知りません。冷蔵庫の設計をやっている技師は、野球選手のようにうまく打ったり放ったりはできませんし、その方法も知らないものです。野球選手はフランス料理の作り方について、ごくあいまいにしか知っていないでしょう。フランス料理のコックはもちろん、原子核のなんたるかをほとんど認識していないものと思います。

「分業」という、おそらくこれは、縄文時代にもさかのぼる、社会の自然な形態なのでしょうが、とくに近代以降、科学の分野の爆発的な拡大によって、一人の人間は、どのような天才でありましても、世界の隅々までを知るということが、とてもできなくなりました。社会が広がるにつれて、相対的に個人の領域は狭くなってゆくものですから、結局、ある個人にとってほとんどすべての分野があやふやであることになります。というわけで、わたくしどもは、すべからく門外漢なのであります。

 しかしながら、あらゆる領域について専門家となることはできませんけれども、そこはそれ、同時代を生きる人間どうしでありますから、なにかと、もれて伝わってくる知識があるものです。たとえば、ある一時期、少年少女向けまんがの読者であった方々は、たいてい、まんがの描き方をかなり詳しくご存知なのではないでしょうか。「ペン入れ」「ワク線を引く」というような技術面ですとか、お話づくりや見開きがどうとかいう演出についてですとか、それを編集部にもち込んで評価してもらうやりかたですとか。こういうものは、まあ、ほとんどの方にとって必要ありませんが、それでもみんな知っている。そういうものであります。

 ながく横道にそれてしまいましたが、わたくしが今回お話しいたします「先入先出」につきましても、わたくしにとりましては専門外、どこかよそで専門的に使用されていることばであります。おそらくは、在庫管理ですとか、簿記会計の方面で使用されているのであろう、と思います。普通の辞書には載っておりませんので、わたくし、これをさきほどは「さきいれさきだし」と言いましたけれども、本当にそういう読み方をするのかわかりません。「せんにゅうせんしゅつ」かも知れません。しかし、そんなわたくしにも、まず、意味は明らかであります。お店の商品などで、先に入れたものを先に売るという、そういうことでありましょう。このことばは、スーパーマーケットのレジスターの横などに積んであります、商品を入れて運ぶ段ボール、あの表面にかかれているのをよく見かけますね。

 先入先出は、非常に自然な主張であります。先に入れた商品は、倉庫に積んでいるだけで古くなってまいりますし、消費者はやはり新しいほうがよいと思って買うわけでありますから、先に仕入れたものを先に売るようにせねばなりません。コンピューターのスタックのように、後から仕入れたものを先に出すようにすると、底のほうにはえらく古いものが、寛永年間から残っているようなものがずっと存在しているというふうなことになりかねません。先入先出は当然です。

 しかし、これには多少の、前提条件があるということを考えてみねばなりません。というのは、先ほど「先入先出は自然だ」と申しましたが、新しく運び込まれたものを上に積み重ねっていって、欲しいときは上から使う、としたほうが、人間の自然にかなっているような気もするからであります。さきほど述べましたとおり、先入先出が理にかなっているのは、一つには「商品が古くなる」ということがあります。生ものは、徐々に消費期限やら賞味期限が迫ってまいります。雑誌や本は、あまり古くはなりませんが、中の情報が古くなりますので、やはり古くなるといえるでしょう。

 というところで、ここいらで、原子核のお話を差し挟んでまいりましょう。原子核というのは、原子の中心にあって、正電荷を持っているものです。陽子と中性子が、ある数結びついてできております。原子核は、たいてい「安定」と申しまして、いったんできるといつまでもそのまま存在しているものですが、中には「不安定核」というものがあります。これは、ほうっておくと、ほかの原子核にかわってしまうものです。放射能と俗称されたりもする、放射性原子核でありますね。

 たとえば、炭素12というのは、重さ12の炭素原子核ですが、これは安定です。ほかに、炭素13もあります。中性子が一つ多い原子核ですが、これも安定で、自然界には、この炭素12と炭素13が混ざって存在しております。しかし、この中に、炭素14という、さらに中性子が一つ多い原子核もありまして、これは不安定核です。半減期5730年という寿命を持っておりまして、ベータ線を出して、窒素14に変わります。賞味期限のある原子核と、いうことができるかもしれません。

 しかしそうではないのです。この寿命というものは、ある意味においては、賞味期限には似ておりません。半減期というのがどういうことか説明いたしますと、たとえばここに、半減期が10秒、という原子核があったといたしますと、この原子核の数は、10秒経つと半分になります。最初一万個あると、10秒後には五千個、20秒経つと2,500個、30秒経つと1,250個と、そういうふうに減るわけです。

 この、最初あった一万個に比べて、30秒あとの1,250個は、あるいは一分後の156個は、古びているでしょうか。そうではありません。ものがこれくらい単純になってまいりますと「古い原子核」とか「新しい原子核」というものはないのです。これは、寿命のある、生き物ですとか、食べ物ですとか、そういうものを見慣れた目には、一見不思議なことです。

 ちょうど、ノートや色鉛筆のようなものは古くなりませんし、あまりモデルチェンジもありませんから、後入先出をやっても、まあ、だれも気がつかない。原子核は、こういうものかもしれません。つまり、いつまでも古くならず、ただ、ある確率で偶然壊れてゆくのです。できたての原子核も、できてから一年ほど経った原子核も、半減期が10秒であれば、次の10秒で壊れる確率は、同じ、二分の一なのです。もっと単純な素粒子も同じ性質を持っています。鍵は、単純であること、かもしれません。とにかく、原子核の世界には「先入先出」は通用しません。数が同じなら、同じ原子核なのです。

 さて、現実的な世界に帰って参りまして、「先入先出」に面白い例外がありますので、紹介いたします。これは、わたくしの通った大学の研究室にいらっしゃいました、ある先輩の言われたことですが、ボールペンには、あまり寿命というものがないのです。

 あるではないか、あのインクがぜんぶなくなったときが寿命ではないか、といわれるかもしれません。そうですね。確かにインクを使い切ればそれがペンの寿命です。しかしどうでしょう。インクを使い切ったボールペンというものを、あまり見ない気がします。たいていは、それよりも早く、なんだか書き味がわるくなったり、ぜんぜん書けなくなったりして、捨てざるを得なくなっていると思います。つまり、ボールペンの寿命は、次のようです。

1)インクがなくなる。
2)落としたりぶつけたりして、ボールが壊れてしまい、書けなくなる。
3)なくす。

 1は、賞味期限に似た「寿命」というものがあるといえます。しかし、さきほども申しましたが、まあ、それよりは早く、2か3の意味での寿命がくる。しかも、2や3が起こる確率というのは、インクの残量にさほどよりません。ボールペンは、ちょっとやそっと古くなったからといって書けなくなるわけではありませんから、ほとんどの場合、ボールペンは、偶然によって寿命が決まっていると言えます。その意味で、ボールペンは食料品よりはノートや原子核に似ているのです。

 となれば、これは「先入先出」に、従う必要はない、ということなのです。考えてみましょう。ボールペンが2本あったとして、一方は半分がたインクがなくなっている。もう一本はほぼ新品である。「先入先出」が身に染み付いたわたくしどもは、どうしても減った方、古いほうを先に使い切ってしまおうとするものですが、あまりこれには意味がないのではないか、ということです。

 古いボールペンを使い切らずに、新しいボールペンをどんどん、おろしてきます。もったいないようですが、そうではない。古いボールペンもいつかは使うのですし、新しかろうが古かろうが、いつか誤って落としてしまう、そのときまではちゃんと書けます。であれば、できるだけボールペンを使い切ったりせずに、本数を増やした方が便利なのです。家庭と職場で一本のボールペンを使い回すより、それぞれに一本あったほうが、これは重宝なものでありましょう。

 そういうわけでございまして、お聞きのみなさまのボールペンの使い方に、なにか変化が生じましたら、わたくしの幸いといたすところでございます。もちろん、このような使い方も、門外漢の考えるようなことで、ボールペンの専門家に言わせれば、ちゃんちゃらおかしいというようなことが、なしとはいえませんけれども。


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