立会演説会

 本日は立会演説会にお越しいただきましてありがとうございます。ただいま紹介にあずかりました立候補者の岩城です。よろしくお願いいたします。

 さて、私が立候補いたしましたのは、周囲の推薦を受けてということなのですが、私が皆様に投票をいただけるとしたら、その理由は何か、私が他の候補者よりも勝っているところはなんだろうと考えまして、まず、虚心に考えて、私は多少、科学的な知識や考え方に習熟している、その点ではないかと思いました。これは私が他より優れているという意味ではなく、私のようなものにとりえを探すとすれば、ということなのですが、投票をお願いする立場としては、私の政治的な手腕や、演説のうまさなどではなく、私の優れた面に対して投票をお願いするしかありません。ですので、そうしようと思います。

 ここでも既に、何人か候補者の方々が公約を述べておられますが、私はまず、これについて申し上げたいことがあります。この世界は政治という手段で運営されておりますが、その政治は、そしてほかのすべても、科学で支えられております。真に頼りにすべきは科学であり、他のすべては科学が頼りにならない場面において補助的に用いるべき手段である、ということです。

 何が言いたいのか。そもそも、政治は科学ではありません。ある候補者なり、政治家が「こうすれば景気がよくなる」「こうすればみんな安心して暮らせる」と主張したところで、その正しさは相対的な、時には「いかにももっともらしい」という程度の、あやふやな根拠に立脚しているに過ぎません。ところが、科学は異なります。管理された環境での批判的な実験にさらされ、有効性を確保しつづけた理論だけが「もっともらしい」を脱し「正しい」理論として認められることになるのです。ここには、苛烈な実力主義だけがあります。根回しも発言力も話術も政治信条も談合もありません。肩書きや経歴すら意味がないことも多くあります。その意味で、政治が科学におけるそれと同等の厳しい基準において「正しい」と言えることはありえないのです。

 例を挙げます。あるとき、低迷する景気の回復に、減税政策が効果を示したとしましょう。しかし、同じ政策が今度の、そして次の景気低迷にも効果があるとは限りません。現状を分析し、なんらかの仮説を立てて、もっともらしい予測はできます。しかし経済は複雑なシステムであり、2005年の日本、という環境が今ここにしかないこと、対照実験ができないことから、正しさは決して証明できないのです。これでは、こうすればよい、ということは言えません。せいぜい「こうすればよいと私は思う」ということだけです。

 ですから、未来を約束する候補者は、そのことを分かっている分かっていないはともかくとして、どこかで必ず、嘘をついていることになるのでしょう。嘘でないとしても、自らの信念にすぎない、本来はある「賭け」でしかないものを、誤って真実のように言っているのです。少なくとも「絶対に確かです」というようなことは申せません。振り子があっちにいって帰ってくるかどうかだって「絶対に確か」などということはないのです。せいぜい「ほぼ確か」にすぎません。政治上の主張の多くは、この振り子よりもはるかに確度の低い「確か」であるでしょう。

 といって、もちろんこれは「科学は偉い政治はダメだ」という話ではありません。現代の科学には経済などの分野において未来を予測する能力はありません。そのような複雑な事象に関して有効に用いることのできる手法がないのです。だから、人々を引っ張ってゆき、なにかを成し遂げるためには、時に科学的な正確さを離れた根拠のない自信や、他人を酔わせる演説術が必要であるということも、また確かです。科学的に不可能なことでも、とにかくやらなければならないのですから。

 私は、ですから皆様に投票をお願いしようと思います。政治ではなく、科学によってこそ人は幸福を手に入れられると私は思いますが、科学そのものには人を幸せにする力はないからです。そこはやはり、政治を含む人々の営みによらなければなりません。それこそが私が今皆様の前でお話をしております、理由であります。政治を、今よりはもう少し、科学を心得た効率的なものにすることで、皆様を幸福にすることが、私の目標であります。科学が役に立たない場面は多くありますが、だからといって科学が使える場面においては科学と反することをしてはいけないからです。多くの人は、ここを間違えていると私は思います。

 この目的のために、私が当選いたしましたら、まず、科学立国を実現すべく、国民への科学教育を強化いたします。学校の授業は科学、数学、技術科目を中心とし、音楽、芸術、社会科の授業は必要最低限に減らします。国語も、古語や漢文の時間をなくし、現代文の、特に論理的な文章を読み書きすることのみに力を入れた「技術文」と、それ以外の全てを網羅した「芸術文」いう二科目に改編いたします。詩などの文学作品を読む力も、敬語を操る能力も補助的な「芸術文」の余技として扱うことになるでしょう。英語など外国語科目も同様に、技術的な文章の読み書きや会話を中心としたものになります。そうまでしても、急速に進歩を続ける現在の科学および科学技術の理解には時間が足りないといわざるを得ないのです。

 この方針は年少の国民に限るものではなく、現在大人であるところの大多数の人々にとっても、例外ではありません。まずは、教職員などの公務員およびマスメディアに携わる者について、定期的な数学および科学科目の試験を行います。この試験で一定レベルに達しなかった者については、教職、管理職に就くことや、重要な決定に参画すること、およびマスメディア等を通じた意見の開陳を著しく制限されることになります。将来的には国民全員が行うことになるこの試験によって、国民全体の数学的センスを養うとともに、センスを持たない人々による惨禍を防ぐことができるようになるでしょう。

 たとえば、もし仮に、母数が六でしかない統計を、さも一大事であるがごとく新聞の一面トップに載せるような記者がいたとすれば、彼または彼女は、マスメディアの現場から即刻追放されることになるでしょう。追放されねばなりません。個人的な「数学嫌い」「理科嫌い」の自由はあってよいと思います。しかし、ある種の企業で英会話能力が低い者が管理職になれないように、また運動能力が低い選手はオリンピックには出場できないように、数学的能力の低い者がついてはいけない職業があるのです。

 医療の現場における、統計の使い方についても警鐘を鳴らされるべきです。治療薬や健康診断の必要性、病気感染のリスクなどの場面において、従来、統計数字は余りにも軽々しく扱われてきました。たとえば「脳腫瘍にかかるリスクが20%増える」等の表現です。これは、十人に二人が脳腫瘍になるということでしょうか。違います。もともと、普通の人間が一生涯かかって脳腫瘍にかかる事例自体、およそ十万人につき十人程度と、非常にまれなものです。この低い確率が二割増えるということを、正しく表すのであれば「一生のうち脳腫瘍にかかるリスクが0.002%増える」ないし「十万人あたり二人が新たに脳腫瘍にかかる可能性がある」としなければなりません。そうしないのはなぜでしょう。このように書くと、数字がちっとも衝撃的ではないからです。しかし、このような詐欺に近い表現は改めなければなりません。数字の示し方および表現に関して、PL法に似たなんらかの規制が必要でしょう。

 同様に、メディアに対する監視も強化されなければなりません。言論の自由を金看板として、現在のテレビにおいては非科学的な番組があまりにも多く見られます。血液型による性格判断、姓名判断や占星術、その他のさまざまな数字のトリックを弄した占いの数々、果ては精霊等との超自然的な繋がりを主張して他人の未来や行方不明者についての無責任な「予言」を行う輩を、無批判に登場させ発言を流し時には賞賛してみせるメディアの罪は、決して軽いものではありません。

 といって、こうした番組に対して一律に規制をかけることはまた、いかなる主張も吟味されるべきであるという、科学の原則にもとるものです。ドラマにおいて「このドラマはフィクションです」と、おそらくはほとんど不要な場面においてすら放送局が自律的に主張してきたように、まず、こうした番組においては「この番組の内容はは非科学的であり、主張に一切の根拠はありません」との警告を表示すべきと思います。根拠がある場合には、占い師自身にそれを証明してもらおうではありませんか。

 さらに、重要な点であります。予算に関しましては、科学技術全般、特に基礎科学をはじめといたしまして、宇宙開発や原子力などの代替エネルギー開発、海洋開発等の分野への優先的な分配を働きかけます。この科学関連予算につきましては、社会保障など福祉関連予算のほか、非科学的な番組制作、非科学的な主張とともに売られる健康食品、お守り等の販売等、非科学的な活動を行って利益を得ている法人に課せられます「非科学税」を新たに創設いたしまして、これを充当いたします。非科学税の税率には対数か積分かそれともテンソルかなにかを使った方式を採用し、計算間違いをした法人にはさらに追徴課税を行うとよいと思います。

 えー、以上であります。私の主張および公約を述べさせていただきましたが、さきに申しましたように、政治は科学ではなく、未来は不確かであります。私が述べましたことが本当に有権者を幸福にするために有効かどうか、有効としてもこれら政策をどのくらい現実のものとできるかについては科学的な主張をすることはできません。ただ、精一杯の努力を傾けることをお約束いたします。どうぞ生徒会役員候補、二年七組の岩城に清き一票をいただけますよう、何卒よろしくお願いいたします。茨城県立大月夜高校を変える男、岩城直人をどうぞよろしくお願いいたします。

 え、今思い出しましたので、さらにもう一つ。「スパム業者たちの全ての第二関節を逆向きにする法律」も実現するべく、努力いたします。ご清聴ありがとうございました。


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