雑穀魂今も北に

 あなたが今読んでいる大西科学は、分類すると「雑文サイト」である。あまりおおっぴらではないものの、ここで何度かそう名乗っているし、前世紀からこのページをご覧の方なら、ここを含め幾つかのサイトが「雑文サイト」にカテゴライズされるのはむしろ自明のことだろう。「雑文」とは何か、なぜこれが「雑文」と呼ばれるのか、はたまた私の書いているものが本当に「雑文」と言えるのか、そういうむつかしいことを聞かれるととたんにうろたえなければならないのだが、昔新屋健志という人がそういうふうに考案したのでしかたがないのである。担当者が不在で回答できないのである。

 近頃ではあまりリンクのページも更新していないし、他のページの紹介記事を書くこと自体が絶えてなく(その上「雑文」を名乗るサイトも少ないので)、全く切実な問題ではないものの、他の「雑文」ページの紹介にはいつも困っていた。「雑」という文字に、あまりよくない、たとえば粗雑とか猥雑とかそういうイメージがあるからで、つまり「○○さんの雑文ページです」と紹介すると、なんだか相手を見下しているかのような感じがするのである。へりくだって使うぶんには問題ないが、相手に使うと「拝見いただけましたか」と同様の、よろしくない感じがする。余談だが、これは私が最近迷惑メールに言われた言葉だ。無礼なヤツである。

 といって、たぶん、雑には「お前って雑だなあ」という雑以外に、「その他の」「種類が多く混ざった」というような無色な意味もある。「雑兵」「雑魚」「雑菌」「雑巾」は良い例えにはならないが、これは雑兵が弱かったり、雑魚が小さくて食べられなかったり、雑菌が病気や悪臭やぬめりの原因になったり、雑巾が牛乳を拭いたまま洗っていなかったりするから悪い意味なのであって、ここでの雑には罪はない、かもしれない。事実、雑誌や雑貨、雑煮には、さほど悪い意味はない。雑草も雑種も、強い生命力を意味するよい例えでも使われつつあるようでもある。そういえば、ペット番組で、雑種の犬のことを「ミックス」と称してあったことがあるが、人間、必要に迫られるとどんな表現でも編み出せるものだなと思った。

 さて、そういう意味で「雑穀」はどうだろう。辞書的知識では、これは穀物のうち米や麦以外のもの、ということだが、もっと言えば、穀物のうち主役以外のもの、その他の穀物、というほどの意味だろう。たとえば豆やトウモロコシは米麦以外の穀物だがあまり「雑」ではなく、ソバも少し違う気がするので、実際のところ、アワ、キビ、ヒエあたりが本当の雑穀だと思う。「五穀」というと米麦粟黍豆または米麦粟稗豆のことで、アワはまだしもキビとヒエはどっちが入るのか、確かでないあたりに、その他大勢としての「雑」の悲哀を感じるのである。

 さて、岩手日報である。岩手で発行されているこの新聞に、先日、このような記事が載った(と岩手日報のウェブサイトで報じられている)。
「雑穀日本一 育て定番メニュー」
岩手県花巻地方は、日本一の雑穀の産地とのことである。いや「日本一の雑穀産地」という言葉自体どうなのか、「エリート雑兵隊」とか「雑談のプロ」「グローバルニッチトップ」というような語感があるのは確かだが、要するにアワやヒエをたくさん作っています、ということだと思う。これを食べるとすれば、ときどき見かける「五穀米」というかたちが考えられるが、私は食べたことがない。せいぜい小鳥のえさがそうであるということを知っているだけで、だからこれは逆に言えば、これから日本中にまだまだ消費を広げる余地があるということでもある。

 そういうわけでこのたび、花巻地方農業振興協議会雑穀振興対策室では「雑穀を使った新たな定番メニュー」を募集し、消費拡大の一助にするとともに地元の名産メニューとして確立するため「第一回雑穀料理コンクール」を開催した。私が読んだ記事は、その入選作をいよいよ地元の農協が経営するレストランで提供するにあたり、それに先立って開催された試食会の模様を伝えたものである。いや、正直言って、そのようなことはどうでもよいのかもしれない。

「雑・ミルキーウエイ」

 これだ。これが入選作だ。これが雑文でなければ上の一行を赤で書いて文字をうんと大きくするところだ。入選作はこれ一つではないのだが、なんといっても他を圧してこれである。「アマランサスやヒエ、アワ、キビなどを豆乳とまぜた洋風リゾット」とのことだが、ネーミングが値千金ではなかろうか。まずもって「雑」である。しかもナカグロがついて「雑・」なのである。そして、それだけならまだよいがその次に「ミルキーウエイ」なのである。雑、という力ある言葉をあえて甘ったるいカタカナ語「ミルキーウエイ」と組み合わせ、そのことによって生まれた言葉のハーモニー。この静と動。甘さと辛さ。記事中にある、他の入選(候補?)作のネーミングが「おはなまき」「豆腐と雑穀のハンバーグ」「五味食だんご」と比較的無難なのに比べると、ひときわの異彩を放っている。雑穀だから雑か。本当にそれでいいのか。雑味はないのか。今気が付いたが、もしかして「ザ・ミルキーウエイ」と読むのだろうか。まてよ。

 いや、だからそんな雑感はよい。まじめな話、この雑・ミルキーウエイだが、コンクールに入選を果たし、試食会でも「洋風は初めて食べたが、おいしい」と好評を博したというから、名前倒れのものではないはずである。実力が伴っているのだが、それはたぶん「名前が変だなあ」という声(いくらかはあったと思う)を圧倒するくらいのものであったに違いない。「こんなに臭いのに広く食べられているということは相当うまいのだろう」というのと同じ原理である。雑草魂等と言ってもいいが、たぶんこの場合、雑穀魂と言ったほうが喜ばれるのではないか。

 私は行くだろう。いつか岩手へ花巻へ。そしてそのときは、レストラン「はんぐはぐ亭」で「雑・ミルキーウエイ」を注文するのである。それが、長年雑文サイトの旗をのんべんだらりと掲げっぱなしにしていた私が、どこかに置き忘れ、失いかけていた「雑文魂」というものではないだろうか。そうに違いない。そうに決まった。すぐに行くから待ってろ雑穀。待ってろイーハトーブ。

 と言いたいところだが、ここでふと思った。今、岩手にいるとする。近くの花巻温泉郷に泊まり、たっぷり健康になった次の日の昼である。宮沢賢治記念館あたりの観光も済ませ、いい感じに腹も減ってきた。妻や子供達は、遥か花巻くんだりまで来て農協を探す私を尻目に地元の名産料理を食べに行ってしまっているが、これはかえっておあつらえ向きである。やっと見つけたレストランのドアをくぐり、席に案内される。出されたグラスの水を一口飲み、メニューを一瞥してから、ウェイターにこう告げるのだ。
「この『ザッツ・ミルキーウエイ』くださぁぃ」
 今、サイト開設七年を経て、私の魂が総体として試されている。そんな予感がする。あ、あとビールね。


→記事へのリンクは、
http://www.iwate-np.co.jp/news/y2005/m06/d30/NippoNews_12.html
トップページへ
▽前を読む][研究内容一覧ヘ][△次を読む