笑うのは誰か

 本当に面白いんか、これで腹を抱えて笑えるんかと問い詰められると、「体調によっては」と白状するしかないが、「AならばB」のAが偽のとき「AならばB」全体は真である、というのは面白い数学的事実である。いやほんとうに、じんわりと面白いような気が、さっきはした。

 この「AならばB」の、Aがしっかりと偽なら、Bは真でも偽でも、なんでもよいのだが、Aになるべく無味乾燥な、そのかわりBにとっぺもない命題を持ってくるのが一つの「型」しれない。たとえばこういうヤツだ。

1=2のとき、あなたが買った宝くじは一億円の当たりくじである。
a×0≠0のとき、日本の今の総理大臣は私の母である。
今日が2005年7月26日なら、田中姓の人の正体はたぬきである。

 採用する数学的枠組や暦にもよるが、これらはすべて正しい。特に最後のは2005年7月27日以後、正しくなった。考えてみればこれは「おまえらが甲子園で優勝できたら目でピーナッツをかんでやる」というよくあるアレであって、Aが偽であればあるほどBはなんだってよくなるわけだが、1=2に比べて「甲子園で優勝」というのは必ずしも偽ではないので、ここにある種のドラマがあったりする。

 しみじみと思い起こせば、ほんの数年前まで、この「A」にふさわしいのは「阪神タイガースが優勝したら」であった。

阪神が優勝したら、役者になる夢を諦めてまじめに働く。借金も返す。
阪神が優勝したら、遺産をすべて飼い猫のタケシに譲る。
阪神が優勝したら、郵政三事業を民営化しようじゃないか。

 なにしろ私自身、阪神タイガースについてこれまでの623話中実に25回分もの文章を書いているのだが、このほぼすべてが「阪神タイガースが弱い」という文脈で登場させたものである。おそろしく失礼なことだが、これは今から思えば、たいへんに幸せな時代でもあった、かもしれない。ひいきのチームが弱いのは悲しいことだが、伝統は伝統としてこれは大切なものではないだろうか。

 そう、西暦2003年、星野監督のもとですべてが変わった。阪神がリーグ優勝したのである。しかも、それだけならまだよいが、一年おいて岡田監督、今年2005年もなにやら優勝しそうである。この文章を書いている八月末の時点において、中日あたりに逆転される目もまだ十分残っているものの、八月まで優勝争いをしたという事実はもはや動かしがたく、弱いか強いかというと、強い。確かに強くなっている。少なくともよそに比べて強い。もしも私が五年くらい前にNHKもインターネットもない外国に行って、そして本年本日今このときに戻ってきたのだとしたら、それはもう戸惑うことだろう。時には世界はがらりと音を立てて変わるものである。

 変わったといえば、今シーズンから突如として「セ・パ交流戦」というものが導入されたのもそうだ。今年導入されたこのイベントは、開始元年からなかなかどうしてこってりと行われたように思う。試合数が六チームと六戦ずつの計36試合(だから交流戦期間は六週間)、勝敗や個人成績はそのままリーグ戦の勝敗等に加算の真剣勝負である。

 パ・リーグに新たな球団ができたり、いくつかの球団のチーム名が変わったりしていることはもちろんだが、今日本に帰ってきたら最も驚くのがこの点だろうかと思われる。しかも、既に今シーズンの交流戦期間は終わってしまってあまり話題にもならなくなっているわけで、事情を知らずに今、新聞に載っているリーグ勝敗表を見ると、勝敗の計算がどうしても合わないので、誤植でもあるのかと思うかもしれない(※1)。

 大リーグにある「交流戦」という制度は、すべての組み合わせでカードが組まれるわけではないのだそうで、必ずしも公平ではないが、日本のプロ野球の交流戦の場合は、いちおう各チーム公平に戦うことになっている。交流戦で当たる相手は、各々のリーグ内で比較すると各チーム平等なのだから、セパ両リーグ間で全体として戦力の不均衡があったとしても、というのは、極端な話一方のリーグのチームが全勝するようなことになっても、特にそれが直接優勝の行方に影響することはない(※2)。

 ただ、だからといって、交流戦を導入するのもしないのも同じ、というわけにはいかない。結論から書けば、リーグ戦から交流戦に切り替わることで、この一時期、強いチームが損をし、弱いチームが得をする、結果として全体的にリーグ戦が混戦に近づく傾向があるのである。

 簡単な例で考えてみよう。Sリーグ、Pリーグという架空のリーグにそれぞれ架空の2チーム「T」と「G」、「H」と「E」というチームがあったとする。別に何の略でもないので詮索しないでいただきたいが、ふだんはSP両リーグがそれぞれリーグ戦(2チームのリーグ戦ということは、ひたすらT対G、H対Eの試合)を行っている。各チームの強さはT、Hが圧倒的に強く、G、Eは絶対に勝てない。ただ、TとHが戦えばこのときの勝敗は五分で、GとEでも同じとする。非常に極端な例であるが、これで考えてみたい。

 たとえば、リーグ戦が百試合ずつで、交流戦がない場合。シーズンが終わると勝敗表はこうなっている。

Sリーグ T:100勝0敗/G:0勝100敗 Tがゲーム差100で優勝。
Pリーグ H:100勝0敗/E:0勝100敗 Hがゲーム差100で優勝。

ここで交流戦40試合を導入する。リーグ戦はそのぶん減って60試合である。シーズンが終わると、こうなっているはずだ。

Sリーグ T:90勝10敗/G:10勝90敗 Tがゲーム差80で優勝。
Pリーグ H:90勝10敗/E:10勝90敗 Hがゲーム差80で優勝。

TもHも、いつも戦っている「カモ」であるGやEのかわりに、強い相手とも戦わなければならないので、そのぶん負け数が増えているのである。一方、GやEは、交流戦でお互いから勝ち星を挙げて、シーズン百敗を免れている。これだけのことだが、ゲーム差にして実に20も減少している。なんとかなりそうな気がするではないか。がんばれE。

 もちろんこれはあまりにも極端な例だが、交流戦があると強いチームが不利、弱いチームが有利という傾向は、「リーグ戦では自分自身と戦わなくてよい」という単純な事実から来るものなので、各リーグのチーム数や戦力のいかんにかかわらず、必ずこの傾向が存在する。

 今季、セ・リーグの戦いは、序盤で首位に立っていた中日ドラゴンズが交流戦で失速、好調を維持した阪神タイガースに逆転を許すことになった。パ・リーグのほうでも、戦力が整わない新球団東北楽天ゴールデンイーグルスが交流戦で意外な善戦(最下位ではあるが、広島や日本ハムとの差は小さかった)をしたことが印象深い。そして交流戦後、中日は最大8ゲームあったゲーム差を最小0.5に縮め、なお再逆転優勝が十分に狙える位置にいること、同時に楽天が完全に失速し連敗にあえいでいること、そういうことがすべてこれで……ええと、風呂敷を引っつかんであわてて逃げるが、説明できるわけではない。そこまで極端な話ではないのである。

 ただ、一般に「独走は悪、混戦は善」という興行的な観点から見るならば、交流戦を、とりわけこの形式の交流戦を導入したことによって、ペナントレースがより面白くなった/面白くなるであろう事は確かである。これをもって私は「交流戦は善」という主張をしたい。必ずしも阪神が優勝しそうだからというだけではないのである。本当である。


※1 勝ち数と負け数の合計が、リーグ全体で等しくならない、ということである。さらに言えば、引き分け数もリーグ合計で偶数になるべきなのに、そうなってはいない。
※2 事実としては、36×6試合を戦って、パ・リーグが一勝ぶんだけ多いという、ほぼ戦力均衡という結果になった。
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