体脂肪計には不信感がある。「裏切られた」とか「痛い目に遭わされた」ということはないのだが、なんとなく、調子のいいことを言って気楽に世の中を渡ってゆこうとしているような、そういう性格の装置である気がする。扇風機で言うと「私、マイナスイオンを発しますんで体にいいです。このボタン押してください。発生します。なにしろマイナスです」と主張するやつとか、あるいは「ワタシぃ、カプサイシン配合なんでぇ、これってカラダにチョーよくなーい?バリヤセるって感じー」とのたまうスリッパとか、そういうのの仲間にもうちょっとで入りそうな予感がする。
体脂肪率だった。なにがいいかげんといって、私の家の脱衣所に置いてある体脂肪計だ。体重計のおまけについている機能なのだが、測定されるこの体脂肪率が、いかにも怪しい。まず、夜寝る前に測るのと、朝起きぬけに測るのとで、数字が違う。風呂に入る前後で測定しても、それぞれ数字が変わる。いや、それはまだよい。腹が立つのは、測定して、いったん体脂肪計を下り、また乗って測ると、もう出てくる数字が違っていることである。これはいったいどういうことなのか。おまえソレさっき言うてたことと違うやんけ、と関西弁でツッコミを入れたくなるが相手は体重計なので私が踏んでも壊れない。
どう信用できないかというと、つまり、5%から時には10%くらいの誤差範囲で、測定値が常にふらふら変化しているのである。もともと体脂肪率というのは痩せても10%、かなり太ったとしても40%くらいがせいぜいの、あまり変動しない数字であって、そういう物理量の測定値が5%もふらつくというのは、かなりタイヘンなことである。これを実感するには、「23歳」と「33歳」は同じではない、ということを思い出しさえすればよい。しかも、わからないならわからないで「20%くらいです」と言えばいいのに、コイツときたら「21.5%」などと妙に細かい数字を出してくるのだ。「私が見た犯人は28歳11ヶ月くらいの男性でした」と言っているようなものである。ミスタースポックかお前は。今10時38分15秒か。16秒か。17秒か。
この体脂肪計の測定原理としては、あらかじめ入力しておく身長のほか、表芸である体重の測定値と、それから体の電気抵抗を測定し、これらの数字から計算し、推定した体脂肪率を表示している、ということである。体重計の、足を乗せるところに、つま先とかかとに一つずつ、二対の電極が備わっている。だからハダシで乗る必要があるのだが、ここで体重計に乗った人の、電気抵抗を測定しているらしい。
それにしても、なぜ電気抵抗で体脂肪率が測定できるのか。体の組織のうち、脂肪は電気抵抗が高いので、という説明にはいちおう納得できる。できるのだが、可能だとしてもずいぶん難しいことをしようとしているのは確かである。組成のわからない電線があって、この電線は2種類の金属線を拠り合わせて作られているとする。今、その長さ、重量が既知のとき、あとは電線の電気抵抗を測定すれば、確かに、電線の組成は厳密に計算できる、と思う。しかし、これには「電線の太さは一定とする」とか「電線のどこでも組成は一様とする」というような仮定があるわけで、ましてや相手はでこぼこのついた人間の体、しかも電気抵抗を測定できるのは、この安っちい体脂肪計の場合、二本の足の間、およびカカトとつま先の間のだけなのである。
情報として足の間の電気抵抗だけでは、股から上の脂肪は測りたくても測れない気がする。少なくとも、腕は勘定に入っていなさそうだ。同じ体脂肪計でも「手で持つところ」がついている高級なヤツなら別だが、その場合でも、中学の理科の授業で電気抵抗計の電極を両手で握ってみたことがある人ならわかるように、人体の電気抵抗を測定することが、まずなかなか容易ではない。ちょっとした握り方によって結構変わるのだが、体脂肪計の場合も、湿度や気温(つまり体表の湿り具合)や、着衣の有無などによって相当影響を受けそうな気がするし、実際に影響を受けているようである。いろいろ欠陥がありそうなのだが、それなのになぜ電気抵抗かというと、体重計に簡単に測定できそうな数値が電気抵抗しかないからではないかと疑っている。ほかに測定できそうな数字がなにもないからではないか。
簡単な測定値から奥深い結果が得られるという主張に関しては、思い出すのは占いや血液型性格判断の類だ。人の性格は肝臓に微妙に含まれるカルブチンという物質の含有量で決まります、とか、日経平均株価はアマゾンの奥地に棲息するアマゾンオオドクガエルの色つやに連動しています、とかいうようなことがあってもよいと思うし、それは血液型なりカップの中のコーヒーのしみの形と同等の、「真実である可能性」を持っていると思うが、違いは、カルブチンがどうとかドクガエルというのは調べるのがむつかしい、ということである。それしかないのだから電気抵抗でどうにかするしかなかったという事情はよくわかるものの、いいかげんだし、お調子者のキカイであるという印象はぬぐえない。
などと、血液型性格判断と比較されては、いくら気楽な生涯を送っている体脂肪計でも怒ると思うが、そこで私が指摘したいのが、体脂肪計の次の一手、次の新機能、次の市場である。考えてみると、体脂肪計は、使用者の人生を見つめていると言っても過言ではない。体脂肪の高いあなたは自分に甘い性格です、と判断するのは血液型よりほよど正鵠を射ている気がするし、それに加え、朝晩几帳面に乗る、たまに思い出したときにしか乗らない、出た数字を一回で信じる、何度も測りなおす、ふらふら落ち着きがない、どっしり安定して微動だにしない、しばしば夜遅くなり寝坊もする、毎日判で押したように7時58分に体重計に乗る、酔って体重計にツッコミを入れる等々、そういう生活習慣を、全部モニターすることができる立場にいるのだ。
つまり、我々は、自分たちの生活習慣のある断面、それもかなりデリケートな一断面を、体脂肪計に監視されていることになる。ことここに至れば、体脂肪などむしろどうでもよい。インターネット対応、生活習慣計および性格計つき体重計である。今、かなりローエンドに近い体重計にも体脂肪計がなんとなく付属しているように、こういう機能は可能である以上、いずれは必ずどこかのメーカーが開発し、体重計のおまけとしてつけはじめるだろう。来るべきアイピーブイシックスでユビキタスな時代、体脂肪計がユーザーを叱りつけてその場で足踏み千回を命じ、あるいは自分にぴったり合った結婚相手を探してくれる、そんな未来がやってこようとしているのかもしれない。