謝罪を求められる

 会社にいると不動産投資を勧める電話がかかってくるように、また子供を産むと進研ゼミから手紙がくるように、電子メールを使っていると迷惑メールが送られてくるのは、ほとんどどうしようもないことである。友人との連絡に使う程度なら大丈夫だが、いったんアドレスをどこかに公開して、広く不特定多数からの意見をもらおうと考えたとき、このアドレスに広告のメールが送られてくるのはかなり不可避に近い現象だ。むしろ、迷惑メールなんて絶対イヤだ、と思うほうが間違っているのかもしれない。書いた文章を読んで欲しいが批判は嫌だ、と考えるようなものかも。

 ただ、同じ事情で悩む人も多いのだろう、最近の気の効いたメールソフトには、これぞ科学の勝利、すてきなフィルタリング機能がついている。これもあって、この定額制かつブロードバンドの世の中、言われるほどには困っていないのは確かだ。受信数はわずかながら増えつづけているようだが、メールアドレスを変えるなどの抜本的な対策には、幸いまだ乗り出さずに済んでいる。新しいメールアドレスを作るくらい造作もないとはいえ、同じアドレスを使いつづけることのメリットは大きいから、いいことだ。

 とはいえ、初めは堂々と私のページに載せていたメールアドレスを、あるとき思い切って画像(これ→ADDRESS)に置き換えてしまったのだから、影響を受けていないわけでもない。「迷惑メール業者の仕事をやりやすくしてやる必要はない」と思ったからだが、現実問題として、私にメールを下さる普通の方にずいぶんなお手間をいただく、それに見合うほどの効果はなかった気がする。迷惑メールが減らないのは、業者が昔のアドレス帳を捨てずに使い続けているからと、それから、むかし、私がよそで書いたメールアドレス(他人の掲示板などで連絡先として書いた)がいまでもウェブ上に残っているからではないかと思う。完璧を期するなら削除をお願いするべきかもしれないのだが、上のようにあまり迷惑メール自体に迷惑をしていないので、なんとなく、放りっぱなしにしてある。

 さて、ウェブのどこにそうやって私のメールアドレスが残っているかを調べるのは、そんなに難しいことではない。グーグルかなにかで検索をかけてみればいいのだが、ある日、たまたまそうやって調べていると、ひとつ、見たことのないページに私のメールアドレスが載っていることがわかった。知らない人のページなので、なんだろうと思って見てみたら、あにはからんや、このページは「迷惑メール業者一覧」というものなのだった。

 読んでみると怒っている。このページの主は、とにかく怒っているのだった。私がたどり着いたこの巨大なページには、何百というメールアドレスが掲示されていた。このすべてが、このページ主に向け送られてきた迷惑メールの差出人アドレスであるらしい。おそらく、私と同様、ホームページに連絡先を公開しておいたら、どえらい数の迷惑メールが来るようになってしまったのだろう。困ったことだが、これに腹を立て、またどうにかすべく、ページ主は、迷惑メールの送信者のアドレスを公表することにしたわけだ。同様に採集した個人名や会社の名前も記入されている。そうしておいて、このページ主、迷惑メール業者に謝罪を求めているわけである。「まずは『詫び状』メールを送って頂き、別途書面での提出を求めます。それが無い限り、犯罪者アドレスである一覧から削除はいたしません」なんて書いてある。

 ああ、なんだかとても理系だ、と私は思った。いや、確かなことは言えないが、こういう解決法を取るのは理系の人だという気がする。ただ、やっていることが見当外れなのである。本当に迷惑メール業者の名前やら会社名やらを突き止めたのならそれは偉いことだ。しかし、そうではなくて「あやです、こんなページ見つけたけど、見てね」というようなメールが送られてきたとして、ここから「あや」という名前を転記することには、あんまり意味がありそうには思えない。そして、私のメールアドレスが堂々記されていることからもわかるように、送信者アドレスも無意味である。電子メールのヘッダの「From」のところは、ねえあなた、いくらでも偽装できるのだよ。

 落ち着いてみると、こういうところにアドレスが公開されていたところで、私個人についてはさほどの実害もないわけだが、まあ、犯罪者扱いされているのは、あまり気分がよくないとは言える。このリストの中には明らかに普通の企業の問合せアドレスなども入っていて、可能性は低いと思うがページ主には何か後難があるかもしれない。やることが極端でかつちょっと無知なだけで、おそらく悪気はないのだろうと思うので、連絡して注意してあげるなりすればよい。ところが、探してみると、ページ主本人のアドレスが見当たらないのだった。

 よく読めば合点がゆく。このページの主は自分のアドレスをあえて載せないことにした。そんなことをするともっと迷惑メールが来てしまうかもしれないし、ページ主のアドレスは、迷惑メール業者なら知っているはずだからだ。描いた物語はこうだ。自分のアドレスがこのようなページで「犯罪者」との名指しで掲載されていることを知った迷惑メール業者は、そんなことをされると商売上がったりだし警察も怖いので、このページ主に削除を求めて泣きつく。そうして、自らの罪を悔いた業者なら、このページ主のアドレスが何であるか、過去、自分が送ったリストから探せるわけだ。面倒かもしれないが、謝る気持ちがあるのなら、そうせよ、汗を流せ、というわけである。

 なるほどもっともだ。うまいこと言うものだが、残念なことに無理がある。迷惑メール業者が、使い捨てのアドレスや架空の名前を、わざわざ削除してもらう理由などあるはずがないではないか。その一方で、間違って巻き込まれた人(私のような)は、当たり前だがページ主のアドレスなんて知らないのである。

 ではどうするか。むろん手はある。こういうときは、このページが置いてあるインターネットサービスプロバイダに連絡をして、間接的に警告してもらえばいいのだ。そういえば迷惑メール自体も、偽装しにくい送信元アドレスからプロバイダを割り出し、そこに処置を求めるというのが、けっこう有効な対処法だった。長いことやっていないが、私も昔は週に二、三度もそういうことをしていたものだった。すべては若かった、昔の話である。

 プロバイダからの返事はすぐに来た。調査し対処する、迷惑をかけて申し訳ない、とのことだった。心強い。その後も興味をもってちょくちょく覗いていたのだが、結局、一週間ほどでこのページは跡形もなく消えてしまったようである。だからやはり、この大人の対応は実効性はあったのだろう。

 こうなると残った関心は一つである。少し意地悪かと思うし、あまり初心者をいじめるようなことになっては大人気ないと思うのだが、ページ主は私に謝る必要があると思うのである。無知からにせよ、無関係の他人のメールアドレスをつかまえて犯罪者扱いをしたのだから、ページを削除して終わりではなく、そこんところはちゃんと謝罪してから先に進むべきではないか。というのは冗談だけれども、謝罪メールの送り先は、当該ページ主なら、ちゃんとわかっているはずなのだ。面倒かもしれないが、謝る気持ちがあるのなら、そうせよ。汗を流せ。いや、だからつまりここADDRESSだろ。あ、そうか。そうだよね。


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