「困ったことが起きた時こそ、慌てず騒がず不快文。ちょっと迷惑なあの人に、不快文で渋く仕返しを喰らわせましょう。皆さんこんにちは。『相手を不快にする文章講座』の時間です。この講座では、どのようにすれば文章で相手を不快にさせられるのか、同じ内容でも、どういう書き方をすれば読み手が不快になるのかを、毎回例文を挙げ、講師の先生に解説していただいております。今回のテーマは『あたりまえを自慢する』です。講師は、いつものように新都文化大学講師のボンジョルノ西橋さんです。よろしくお願いいたします」
「西橋です。よろしくお願いいたします」
「今回のテーマは『あたりまえを自慢する』ですが、あたりまえのことを自慢するというのは……ちょっと意外な感じがいたします。どういうことなのでしょう」
「はい。この番組をご覧の方々は、既に基本テクニックとしての『自慢する』に関しては、既にマスターしておられることと思います」
「ええ、この場合の自慢というのは、ボクのパパは会社の社長なんだ、家にはベンツが七台もあるんだ、といったものですよね」
「そうです。ウチの子は世界一賢くて可愛い、オレは七つの顔を持つエリートビジネスマン、というのもそうです。しかし、考えてみますと、子供自慢、ペット自慢のように、たわいもない自慢は罪のないもので、どうかすれば、相手を不快にさせる文章にはならないことがあります。ではひたすら大げさな自慢をすればよいのかというと、そんなこともないのです。イチローに野球を教えたのはボクだ、実家は蒋介石の招待席だった、というようなものですが」
「それは…普通の人にはなかなか難しいと思いますが」
「そうですね。嘘による自慢をした場合、それがばれてしまったときには相手を不快にするどころではありませんし、もし、まかり間違って真実このレベルの自慢ができる場合、これはもうただ相手を感心させるだけです。目的である『相手を不快にする』とは正反対の結果になってしまうのです」
「なるほど、しかしそうなると、自慢というのもなかなか難しいということになりますが」
「はい、実在する不快文においても、あからさまな自慢には、あまり出会わないような気がいたします」
「ははあ、そこで、今回のテーマの『あたりまえを自慢する』ということになるわけですね」
「では、例文をご覧いただきましょう」
○私はひねくれているので、行列に並ぶのが嫌いです。
○私は化学調味料の味が苦手なので。
○発泡酒や「第三のビール」よりも、エビスビールが好きです。
「なにか、わかってきたような気がしてまいりました」
「そうです。日常、人は何でも思い通りになるわけではありません。さまざまなことを我慢して生きているのですが、それに対して、我慢はしたくないという、いわばあたりまえのことを、あえて自慢げに主張いたします。そうすることによって相手を不快にするという『あたりまえを自慢する』とはそういうテクニックです」
「しかしこれは…単に『僕もそうです』などと言われてしまうと、意味がないと思うのですが」
「はい、だからこそ、自慢はできるだけ陳腐なものにして、相手にむしろ『発泡酒だっておいしいぞ』とか『味の素だって使い方次第で』と弁護させるくらい高飛車なのものであることが大切です。むしろ、本来弁護したくもないものを弁護させることこそ、この『当たり前のことを言う』テクニックの真髄と言ってもいいかもしれません」
「当たり前すぎて、否定したくなってしまうということですね」
「そうです。『居酒屋では奥の席に座りたい』とか『若くて可愛くて明るい女性が好き』というようなものです」
「あ、確かに。むしずが走りそうです」
「他に、単に分かりきったことを大声で主張するのも『あたりまえを自慢する』であると言えます」
「こちらも例文をどうぞ」
○今の音楽は趣味に合いません。昔の名曲に比べるとくずみたいなものばかり。
○官から民へは結構ですが、なんでもかんでも民営化すればよいというものではありません。
○このように他人を信用できない社会になってしまったのは、我々大人の責任です。
「ええと、分かりきってはいないぞ、と思う方もいらっしゃると思うのですが」
「そうですね。こういった主張が新鮮に聞こえる場合、その意味においては、これは相手を不快にさせる文章とは言えないと思います。ただ、どこがおかしいかを心得た人にとっては、これは当たり前のことを自慢げに主張しているだけだ、ということになるのです」
「ははあ、聞き手を選んでしまう、ということですね」
「はい。この一ヶ月くらいのヒットチャートと、今まで何十年も蓄積された名曲を比べたら、そりゃ昔のほうがよかったろう、と考えている人にとって、こういう主張は非常な苦痛になります。特に、反論できない場合はそうです」
「なるほど、本で読んだ場合とか、『校長先生のお話』の一部として、話されたような場合ですね」
「そうです」
「相手によって、不快文も変わってくるということですね。なるほど」
「もう一つ、落語の途中で『オチは未定である』と言われたら腹が立つと思いますが、あたりまえのことを自慢して、それだけで終わってしまう話というのは、相手を不快にすると言えるでしょう。これも『あたりまえを自慢する』に分類できなくはありません。これまでの例に比べると異質ですが、参考に一例を挙げておきましょう」
○私の父は会社員として働いて一家を支え、私をここまで大きくしてくれました。母も父を助け、パートに出たりしてがんばりました。毎晩ご飯も作ってくれました。感謝しています。
「あたりまえですねえ」
「あたりまえです」
「ものすごく不快とは言えませんが、いや、なんとも言えない気持ちです」
「それで結構です」
「というところで、今回も時間となりました。今回のポイントのおさらいです」
・自分が我慢できない人間であることを自慢する。
・自分だけの趣味のようにありふれたことを紹介。
・わかりきったことを無批判に繰り返し主張する。
・オチはなく当たり前に始まり当たり前に終わる。
「みなさんもぜひ『あたりまえ文』をお楽しみください」
「では次回予告です。次回のテーマは『政治的な駄洒落』です。『首相は参拝で惨敗だね』『イラクじゃなくてイクラでも食べてたらよかったのに』のような書き方についてお送りいたします。ボンジョルノさん、次回もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「次週は特別番組となりまして、次回は年明け、一月一五日の放送となります。怒らせて不快な相手を遠ざける、『相手を不快にする文章講座』来年もどうぞよろしく。そしてあなたの来年も、良い年でありますように」