(音楽)
(タイトル。数人で声を合わせて)
「わくわくっ、エスエフっ、ショッピングーぅ」
(音楽小さくなって、消える。カメラはスタジオに並んで立つスーツ姿の男女をズームアップする)
「気持ちのよい冬晴れの午後、皆様いかがお過ごしでしょうか。こんにちは。佐邪木勇二です」
「アシスタントの九里安奈です。今日も『わくわくSFショッピング』をご覧いただき、ありがとうございます」
(九里、かるく首をかしげながら、右手のひらを上にして、にっこり微笑む)
「さっそく今日のSFをご紹介いたしましょう」
(場面切り替わる。どこかの公園風のセット。椅子に座って本を読んでいる佐邪木。そこに九里がやってくる。背景に軽快な音楽)
「わあ、それ、なんですか、佐邪木さん」
「あれ、知らないんですか九里さん。これが今話題の『啓示空間』ですよ」
(佐邪木、手にした文庫本を少し持ちあげて、背表紙が見えるようにする。表紙は宇宙空間を飛ぶ滑らかな形の宇宙船。帯には「本年度ベスト1のSFだ!」と書いてある)
「これがそうなんですか。っていうか、うわあーっ、ぶあつーい」
「そうでしょう。なにしろ厚みにして40ミリもありますからね。理科年表よりぶ厚いんですよ」
「ちょっと持たせてもらっていいですか」
(佐邪木、九里に本を手渡す)
「わっ、おもーい。信じられなーい」
「512グラムもあります。重いだけじゃありませんよ。中身もぎっしり詰まっています」
(手渡された本の最後のページをちらっと覗く九里)
「えーと、わっ、1039ページ!たいへんです。千ページ超えてますよ」
(佐邪木、驚く九里を背にカメラのほうを向き、視聴者に向けて言う)
「そうです。1000ページ、40ミリ、500グラム。対戦車砲弾の話かと思うほどのスペック、これが『啓示空間』なのです」
(場面変わって、テーブルの中に本が置いてある画像。佐邪木の声)
「文庫本なのに40ミリ。『啓示空間』がいかにすごいかをご紹介いたしましょう」
(画面に九里が手だけで登場して、「啓示空間」の隣に、黒い文庫本を一冊置く。表紙には「ハンニバル戦記(上)」と書いてある)
「隣に塩野七生の新潮文庫版『ローマ人の物語』を置いてみました」
(九里の声が入ってくる)
「『ローマ人』が特に薄いということはありますけど、比べてみるとずいぶん違いますねえ」
(ふたたび九里が手だけ、今度はノギスを持って登場し「啓示空間」の厚みを測定する。目盛りは40mmを指している。続いて「ローマ人」。こちらは8mm)
「ほとんど大人と子供の違いといっていいでしょう。厚みにして5倍、『ローマ人』五冊が『啓示空間』一冊に相当します」
「同じ『文庫本』のカテゴリに入るのが嘘みたいですね」
(九里の手が「ローマ人」をひらひらと振ってみる。続いて「啓示空間」を同じように振ろうとするが、指が滑り、カバーから本体が外れて、テーブルの上に落っこちる。ごつんと、実に重い音がする)
「質的に違うと言ってもいいかもしれません。いつものカバーも役不足に思えるほどです」
(九里の手が、あわててふたたびカバーをかけて、テーブルの上に置きなおす)
「既存の『文庫本』というイデアに収まらない存在、それが『啓示空間』なのです」
(場面変わって、ふたたび佐邪木の声)
「『啓示空間』は、電車の中などで読んでいる間はもちろん、SFファンのあなたの本棚に収まったあとも、ぴりりと目を引く存在になること間違いありません」
(整理された本棚。さまざまな背表紙の文庫本がぎっしり入っている中に、暗い色の幅広い帯が見える)
「あなたの部屋を訪れた人が必ずなにか感想をもらす、これが『啓示空間』です」
(本棚の『啓示空間』を指差して、なにか談笑している男女の映像)
「もちろん、これだけ大きくても『啓示空間』は文庫本ですから、鞄のなかにもすっぽり入ります」
(巨大なスーツケースの真ん中にぽつんと「啓示空間」が置いてある映像)
「ポケットに入れても違和感はありません」
(ドラえもんのポケットからにゅーっ、と「どこでもドア」が出てくる映像)
「それだけではありません。なんと、いざというときの武器にもなります」
(「啓示空間」を入れたハンドバッグを、ひゅんひゅん振り回す九里の映像。やがてハンドバッグが古い自動車にぶつかって、フロントガラスが木っ端微塵に砕ける)
「痴漢よけにもぜひどうぞ」
(ふたたびスタジオ、二人が並んで立つ映像。九里が佐邪木に話しかける)
「さて、こんなに素晴らしい『啓示空間』ですが、お値段もやっぱりすごいんでしょうね」
「いえ、それがそうでもないんですよ。たとえばこちらは『ハイペリオン』のハードカバー版ですが」
「あーっ、高かったですねこれ。確か三千円くらいして。泣きながら買いましたよ」
「ええ、最初ハードカバーでしか手に入らなかったんですよね」
「そしたらわりとすぐ文庫版で出るようになって、ハヤカワ殺す、と思いました」
(九里、みぞおちあたりに短刀を突き刺すまねをする)
「はい。そこで『啓示空間』のお値段ですが、今ならなんと」
「なんと」
(身を乗り出す)
「なんと、1,400円ですっ」
「わあっ、超やっすーい」
(おおげさに驚く)
「別途消費税をいただいております。一ページあたりにするとわずか1.35円。『ローマ人の物語』の2.4円と比べると、これがいかにおトクか、おわかりいただけるのではないでしょうか」
「約2倍ですね。良心てきー」
「あなたも、この機会に、ぜひお求め下さい」
(音楽。価格と連絡先が書かれたテロップ)
「アレステア・レナルズ著。ハヤカワ文庫<SF1533>『啓示空間』。ISBN4-15-011533-8。今なら税込み1470円です。お近くの書店へぜひどうぞ」
「踏み絵みたいなもんだから、SFファンはとりあえず踏んどけ」
「ブックオフで買ったりする人は、クォーク閉じ込め破壊デバイスで皆殺しよ」
(「啓示空間」を持ってにっこり笑う佐邪木と九里。フェードアウト)