だめな返金

 昔誰かに聞いて、面白いと思っているのだが「駄目なら返金します」という契約は実は誠実ではない、という話がある。

「病気の予防に効果がある注射」でも「絶対痩せるサプリメント」でも「結婚相手が見つかるお守り」でも「志望校に入学できる予備校」でもなんでもよい。要するに未来の事柄について約束をかわし、うまくいかなければ払い込まれた利用料は(実費くらいは除くとして)全額返却する、というものである。いい話に思えるが、どうしていけないのか。

 それは、業者側に立ってみると、実はまったくなにもする必要がないからだ。業者は、このようにして多数の消費者と契約して、極端な話、あとは寝ていればよい。世の中は広いので、なにもしなくても病気にかからずに済む人、勝手に痩せてしまう人、結婚相手が偶然見つかる人、自助努力によって志望校に見事合格してしまう人というのはいるはずで、そういう人からは成功報酬をもらえる。駄目だった人には返金するわけだが、よく考えれば業者にとってはそれでもともと、収支はゼロで、損をするわけではない。成功した人がプラス、駄目だった人がゼロで、プラスとゼロを足したらプラスになるに決まっている。商売の成功は約束されているのである。

 なるほどと思うが、しかし考えてみると、お守りだの占いだのは論外としても、現実にまっとうな商売としての予備校なり予防注射なりは存在しているのである。このへんはいったいどうなっているのか。予備校の例で考えると、普通、残念ながら志望校に不合格となってしまっても、払ったお金は返ってこない(と思う)。駄目な場合にお金を返す予備校と返さない予備校があったとして、どちらが誠実だろう。上のように「お金を返す商売は不誠実」というのは確かとして、しかし、返さないよりは返したほうがより誠実な商売に思える。

 仮に「不合格なら返金」という制度を採用している予備校があったとすると、それはそれで、何も悪いことはないような気がするのだ。予備校の側としては、それはもうがんばって授業をするはずである。合格者数が収入の多寡に直結するからで、授業に休みがちな受験生を引っ張ってでも連れてきて、努力を強いるはずだ。現状でも「合格者東大何人京大何人」というのはセールスポイントになるので、なるべく授業の効果が上がるよう、がんばってはいるはずだが、こちらのほうが「生徒全員をそれなりに幸せにする」という方面へのインセンティブとして強力だと考えられる。

 ではなぜそうなっていないのかというと、たぶん受験勉強は本人の努力という面が大きく、本人のやる気ということで言えば「駄目なら返金」はマイナス方向への動機付けにしかならないから(駄目でも予備校代戻ってくるからいいや、と思うから)、という理由が考えられる。また、同じように本人の努力が必要な「痩せるサプリメント」には、効果がなければ返金、というものを実際に見かけることを考えると、名の知られた予備校と怪しげな健康食品販売会社の立場の違いというものかもしれない。予備校は実際に効果のあるサービスを提供する、比較的強い立場なので「駄目なら返金」というかたちの割引を提供する必要がないのである。

 予備校はこれでよいとして、思うのだが、このように「信頼おけないから駄目な人には返金」でよいのだろうか。上のように、業者がなにをする必要もなくなるというのは、特に通販などの業界でそのとおりであり、サプリメントやお守りのような実体がよくわからないもので、もっとも顕著になる。だからといって「駄目な人にも返金しません」という制度を採用したお守りに信頼がおけるかというとそんなことはないのであって、まだしも「駄目な人には返金」のほうが誠実であると思われる。とすれば、どう考えればよいか。この業界をよくしてゆくためには、我々消費者はどのように対応するべきか。

 通常、このような場合、広告を吟味して、見る目を養って契約する業者を選ぶ、というふうなアドバイスがされることと思われる。「駄目だったら返金」に安心しないで、価値のないサービスに手を出さないように気をつけるということである。ところが、本当はこれではいけないと思うのだ。業者としては、無視する人がいて、それでも、その人に関してはゼロ、もともとだからである。無視する人と駄目だった人がゼロ、騙されてかつたまたまうまく行った人がプラス、以上を足すと、大丈夫プラスになるのだ。

 我々は「自分が騙されない」ということをもって、世の中から詐欺を減らすことはできない。効果がなかった場合、返金を求めるだけでは、真に効果のある「結婚できるお守り」を手に入れることはできないのである。どうすればよいかというと、お守りを買い、しかも結婚できなかった場合、業者に損害賠償請求をするとよい。その際、実費やお守りを買った代金だけではなく、お守りを信じることによって失った時間、費やした手間、効果がないと知ってがっかりした気持ちを慰めるための慰謝料までを請求するのである。そうすると、業者の側も何も知らない人を騙すような商売はしにくくなるだろうし、まかりまちがって、本当に効果のあるお守りというものが開発されるかもしれない。どっちに転んでも消費者のトクなので、今度怪しい通販を利用されるときには、ぜひご検討いただきたい。

 実際にはそううまくはいかないと思われるかもしれないが、よくわからないながら、報道などから得た印象に限って話すならば、そもそも「健康食品」や「お守り」のような詐欺っぽい商売に対して裁判所はやさしくない感じがするので、裁判に持ち込んでしまえばかなり有利な戦いを展開できる気がする。このへん、無責任なことを書いていると自分でも思うが、違法な金利を取る貸金業者から借りたお金は元本さえ返さなくていいという判決が出たりもしたので、世の中とはそういうものなのかもしれない。裁判に備え、雇った弁護士が成功報酬制を採用していたりしてわけがわからなくなりつつ、念の為、この文章が面白くなくてもパケット代等返金はできない旨付記する次第である。ごめんなさい。


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