だめな応援

 広告でよく見かける「大西科学はワールドカップ日本代表を応援しています」というあれ、あれはやっぱりお金を出さないと使ってはいけないのか。この疑問は、実はこの「大西科学における最近の研究内容」の、ごく初期のほうに一度書いたことがある。

 これが「大西科学は日本代表に百万円寄付しました」とか「日本代表の福島における合宿代は大西科学が拠出しました」というものだと明らかだ。そんな嘘を書いてはいかんのである。しかし通常「お金を出した」なんてことをあからさまに言うと非常にいやらしいのでその代わりとして言われるところの「応援しています」。これなら、なに嘘でもなんでもない。日本代表に一銭たりとも貢献しなくても、応援はしているのだしそう言っていけないわけはなかろうと思うのである。むしろ応援に金銭的な裏づけがあるのかと尋ねるほうこそ、心のありようとしてたいへん醜くいやらしいと思うがどうか。

 どうでもよいことだが、本来これは、お金を出してもらうほうが感謝すべきことなのではないかという気はする。日本代表なら代表の誰かが「大西科学にはこのあいだ焼肉をおごってもらいました」とか、具体的に言うのが難しいならせめて「大西科学にはいつも応援してもらっています」と言うべきである。べきであるし、私が日本代表ならぜひそのあたり一度公の場できちんとお礼をするつもりだが、残念ながらまだ代表として招集されたことがないので、果たせずにいる。

 さて、そういうオフィシャルなお金のやりとりがないまま、勝手にワールドカップを応援するっぽい広告や商品というものは存在している。純粋に応援する気持ちから出たものもあると思うが、多くは便乗商法、ワールドカップにのっかって売上げを伸ばそう、しかもしかるべきライセンス料は払わずに済ませようという、これはこれでたいへんいやらしいタクラミによるものだと思われる。ワールドカップくらいの巨大イベントとなると、ごくあいまいに関連をにおわせるのも実に簡単で、たとえば「オーストラリア弁当」「クロアチア弁当」「ブラジル弁当」を作って販売するというような話である。ただ、オーストラリア弁当はオージービーフを使えばよいとして、クロアチア弁当がよくわからない。

 この手のもので、私が面白いと思っているのは、これも一回触れたことがあるが、明治製菓のチョコレート「アポロ」である。これは小さな円錐形をしたチョコレート菓子の名前だが、有人月着陸をなしとげたアポロ計画の、その大気圏への再突入用カプセルの形を模しているのだと思われる。ライセンス料をNASAなり他のしかるべき団体に支払っているとは思えないので、これもクロアチア弁当の類だろう。しかしアポロ計画である。ユージン・サーナンが最後に月を離れてから既に三十年余、もはやかなりの人がこのことを忘れているか、最初から知らないかどちらかであると思うのだ。しかるにこのチョコレート自体はなんともなく、商品自体の魅力でもって、あっぱれ現在も販売を続けている。

 そういう一例である。以前、といっても数週間前だが、ある出張で訪れた先で、自動販売機のカップのコーヒーを買った。自販機は何の変哲もない普通の、コカコーラのロゴが入っていたりするものである。「クリーム入り」も「砂糖入り」もましてや「クリーム砂糖入り」も同じ値段であることにそこはかとなく不快感を感じつつ、買ったブラックコーヒーのカップが、サッカーのカップだった。

 なぜサッカーのカップだと思ったかというと、コーヒーの入った紙コップの側面に「Kick off The world」と書いてあったからである。これがホントの「ワールドカップ」だなあ、などと思いながらコーヒーを飲んでいて、もう一つ、重大なことに気がついた。この「Kick off the world」の背景になっているのは、青白赤の縦三色。フランスの国旗なのである。

 なぜなのか、それがよくわからない。ワールドカップ便乗商品を作るとして、なぜフランス国旗なのか。作るなら、ドイツの国旗を使用しなければいけないのではないか。しばらく考えて、さまざまに理由は思いついたが、どんなものであろうか。まず、これが「便乗でない」という立場で、

(1)サッカーのワールドカップにはぜんぜん関係ない。「Kick off the world」と書いてあったからといって何でもワールドカップ関係と思うほうが間違っている。フランスの国旗なのはフランスが好きだからで他意はない。

というものが考えられるだろう。なんだか無理があるが、しかるべき筋に問い合わせると、厳然として上の回答が返ってくると思われる。自動販売機の紙カップになんと書いてあろうと販促には繋がりにくい、というもっともな一面もあるが、お互い大人であるしここは雑文サイトであるので、ここはもう、無責任に面白がる立場でもって「便乗である」と考えてみよう。仮の話として、責任ある企業がそんなことをするわけがないが、万が一、この紙コップがワールドカップ便乗紙コップであると仮定して、その場合、どういう理由が考えられるか。

(2)買ったカップはたまたまフランス版だが、今回のワールドカップに参加した国ぜんぶの分がある。
(3)間違えた。ドイツ国旗とフランス国旗を取り違えた。同じヨーロッパなので、ついやってしまった。
(4)前々回の、フランス大会からずっと同じカップを使っている。

 これはこれで、それぞれに無理がある気がするのである。(2)がいちばんありそうで、確かめるためにはもう一つ買えばよいのだが、それをするとおなかががぼがぼになりそうで、残念ながら果たせなかった。超レアな黄金カップか何かが出たかもしれないので、残念なことである。

 では(4)だとしよう。わからないが(4)とする。つまり、遅くとも1998年からずっと、このデザインのカップを使っているということである。あのフランス大会の期間、この自動販売機から買った人はみんな「ワールドカップ便乗だな」「しかしライセンス料は払ってないな」と思いながらコーヒーを飲んだ。数ヶ月経って、そろそろ別のデザインになるのではないかと思いつつも、そのままだった。やがて、大いに盛り上がった日韓共催の2002年のワールドカップが近づき、開催され、過ぎ去って行く間、ずっとこれだけは旧態依然としてフランスだった。一つ前の、厳しい結果に終わった初出場の大会を静かに思い出していた。そして、今年、2006年ドイツ大会にあたって、ついにこのカップは新デザインに……ならなかったわけである。

 ドイツ大会が始まった今になっても、まだあのカップはフランスなのだろうか。もしかしたら、誰もが忘れ果てる未来にわたって、ずっとこのカップはフランス大会に便乗しつづける気かもしれない。次のワールドカップ、また次のワールドカップ、その次のワールドカップ。やがて担当者も定年退職し、なぜここにフランスの国旗がデザインされているのか、誰もわからなくなることだろう。考えてみるとそれはそれで美しい未来であるが、ライセンス料を払っていたら「ロゴを取り除き忘れる」などということは決してない気がするので、アポロチョコもそうだが、便乗ならではだと思う。

 ずっと未来。あなたがもし、南米の小国を旅行していて、たまたま買ったガムの包み紙に日本の国旗がデザインされているのを見かけたら、2002年ワールドカップがここになんらかの関係を持っているのではないかと想像することは、無意味ではないかもしれない。というよりも、それこそがワールドカップを自国で開催する、本当の意味ではないかと、私は思う。


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