駐車違反を恐れよ

「ベン図」というものがある。「ベン」というのは人の名前で、Vennという人なので、「ヴェン図」と書いてもいいのかもしれないが、どっちにしてもすわりが悪い。これは「diagram」の訳語が「図」なところに問題があるのであって、それならファインマン・ダイアグラムはファインマン図ということになるじゃないか、と思うわけだが「ファインマンズ」はどことなく球団の名前っぽくて別にゴロは悪くない。やはりベンさんの名前のせいである。

 などとベンさんを責めてもどうなるものでもないが、それはともかく、ベン図というのはこういうものである。

 左の丸の中が「猫が好きな人」、右の丸の中が「犬が好きな人」とすると、中央のオレンジ色の葉っぱのような形のところが「どっちもいけるクチ」である。赤いところは「犬は好きだが猫は嫌い」、黄色いところは「猫好きだが犬はちょっと」、グレーのところは「犬も猫もどうも」という層になる。こういう、文章で書くと長ったらしくてややこしいことを、ずばっと一刀両断に表現できるという強みがある。これを「ベンは剣より強し」と言ったりもする。

 そんなことはないが、ある場合、二つの円は一部が重なり合うのではなく、完全に一方が他方を包み込んでしまう。こういう状態である。

 たとえばこれは「野球ファン」と「阪神ファン」のようなものである。野球ファンが外側の丸の内側、阪神ファンは内側の丸の内側、ということになる。ここで、オレンジ色のところは確かに阪神ファンなのだが、「黄色いところが野球ファン」ではないことに注意されたい。というのも、黄色いところは実は「野球ファンだが阪神ファンではない」という人(巨人ファンや、ヤンキースファンや、駒大苫小牧ファンや、茨城ゴールデンゴールズファンや、その他)を指すからだ。

 そこで思うのだが、こういう場合、ベン図はこういうふうにも書ける。

 この場合、外側の丸はやはり「野球ファン」である。内側の丸は今度は「野球ファンだが阪神ファンではない」となる。するとどうだろう。やはりオレンジ色のところが「阪神ファン」、黄色のところが「野球ファンだが阪神ファンではない」ということになるのだ。オレンジと黄色の意味は変わらないのに、ずいぶん印象は違う。面積には目をつぶって欲しいが、こういう書き方もできるということである。

 もちろん、普通「阪神以外の野球ファン」を「阪神ファン」が包み込むような書き方はしない。しないのだが、これは結局、習慣的なものではないかという気がする。「阪神ファン」を定義するには「阪神タイガースというプロ野球団のファン」とかなんとか、そういう定義でよいが、「阪神ファン以外の野球ファン」を定義するには、現存の阪神以外のすべてのチームを書かなければならないからだ。だから、内側の丸はやはり「阪神ファン」でなければならない。そういうことだと思う。

 さてここで、突然話題を変えて、駐車違反ということについて考えたい。最近、民間だったり厳しくなったり郵便局のトラックは違反じゃなかったりやっぱり違反だったりするあれだが、報道に関して違和感を感じることの一つとして「言われている駐車の定義が、私が教習所で習った駐車の定義と違う」ということがある。たとえば、駐車違反の取り締まりに関して「運転手がいる場合はオッケー」というふうに言われ、だからこそ宅配便のトラックにドライバーをこれからは二人乗せて、という話になるわけだが、私が習ったところによると、運転手がいるかいないかというのは、駐車違反の判断基準として決定的なものでは、なかったのではなかろうか。

 調べてみた。といっても、道路交通法をウェブ検索を使って調べただけだが、こうなっていた。用語の定義の中に、駐車の定義として、こうである。

18.駐車
車両等が客待ち、荷待ち、貨物の積卸し、故障その他の理由により継続的に停止すること(貨物の積卸しのための停止で5分を超えない時間内のもの及び人の乗降のための停止を除く。)、又は車両等が停止し、かつ、当該車両等の運転をする者(以下「運転者」という。)がその車両等を離れて直ちに運転することができない状態にあることをいう。

 そして、停車の定義はこうだ。

19.停車
車両等が停止することで駐車以外のものをいう。

 通常「運転手が中にいればオッケー」というのは、上の駐車の定義の、真ん中当たりの「又は」以下のところを指していると思われる。運転手がいない、車が停めてある。これは駐車である。しかし、分かりづらいのだが、「又は」で結んであるのだから、「運転手がいて、すぐに運転できる状態なら理由がなんであれ、いつまで停めていても駐車にはならない」というのは誤っている。

 平たく言うと、たとえばタクシーが客待ちで道路に停まっている場合、中に運転手がいようとこれは「停車」ではなく「駐車」であり、場所によっては駐車違反になる、ということである。駐車違反取締の厳格化によって、タクシーの駐車の列はどうにもならない、と聞くが、本当に厳密にやれば、十分取り締まれるものである気がする。許されるのはバスで人が乗り降りしている間と、これは私にとって意外だったが五分以内なら荷物を積み下ろしてもよい。届け先がビルの奥のほうにあったりすると五分では圧倒的に不足するが、五分というのは結構長くて、違反を犯さずに宅配業務というのは結構なんとかやっていけるのではないかという気がする。

 ということなのだが、ここで思ったのだ。上の定義、いかにもおかしくないか。要するに今回、図まで持ち出したのは、それが言いたかったのである。上では「駐車」が非常に細かく定義されて、「停車」はそれ以外の場合、とされているわけだが、これは「阪神以外の野球ファン」を一生懸命定義して、そのあと阪神ファンを「野球ファンのうち『阪神以外の野球ファン』以外の人」と定義しているように見えるのだ。何が言いたいか分かるだろうか。上の図の、

をもう一度使う。「駐車禁止」というものがあり「駐停車禁止」というものがあるが「停車禁止(駐車はオッケー)」というものはないので、外側の丸の中が「駐車禁止で罪になる部分」、内側の丸の中が「駐停車禁止で罪になる部分」とするとすっきりする。すると「停車」はオレンジの部分、「駐車」は黄色の部分であり、そういう場合、停車をまずきっちり定義しておいて、そのあと駐車を「それ以外」というふうに定義するほうがよいと思う、ということである。

 こういうふうに定義した場合、上はたとえばこうなるだろう。

18'.停車
車両等が貨物の積卸しのための停止で5分を超えない時間内のもの、及び人の乗降のための停止。ただし、以上の場合も、当該車両等の運転をする者(以下「運転者」という。)がその車両等を離れて直ちに運転することができない状態であってはならない。
19'.駐車
車両等が停止することで停車以外のものをいう。

「車両等が客待ち、荷待ち、貨物の積卸し、故障その他の理由により」などと長ったらしいことを書かずに済むので、どうしてこうしなかったのか、考えたがよくわからなかった。「赤信号や渋滞で止まった場合はどうするのか」ということを思いついたが、その他の理由により、などと曖昧なことを書くよりマシという気もするのである。

 ところで、今回初めて知ったが、駐車の定義の中に「故障」というものがあるので、よく、高速道路で故障で停まっている車を見かけるが、あれは駐車禁止違反を犯しているということになる。しかも、駐車の定義としてわざわざ「故障」と書いてあるということは、故障で停まっているのは駐車だ、と、かなり強く主張しているように思える。十分整備していた上でも、機械なのだから時々故障はあって、その場合でも反則違反金やなにかを取られるというのは納得が行かないが、規則としてはそういうことのようである。レッカー車が来るのが早いか、民間取締り員が来るのが早いか、さらなる取締の厳密化がなされた場合、そうした光景が見られる日がきっとやってくる。


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