ピザは地球を救うかもしれない

「書くこと自体が楽しい」という感じは、多くの人に共感してもらえる感覚なのではないかと思う。頭の中にあったあいまいな考えを形にして、論理的に筋を通して、わかりやすく、まとまった文章として表に出すという作業は、他人に読ませるあてがまったくない場合であっても、それだけで楽しいものである。だから人は日記を(ウェブ日記ではなく、本当の日記を)書いたりするのだと思う。

 だから、他人の書いた文章を読んでいて、これは自分が書くべき文章だった、と悔しく思うことがあるのだが、それは「特許を先に出願された」というような感覚とは、似ているが違うと思うのだ。その人よりも自分のほうがうまく書けるはずだからとか、時間さえあれば自分にだってこの話題は思いついていたとか、そういうわけでもない。ただ、自分が先に思いついていたらきっと自分が楽しんで書くことになっていた話が、先に読んでしまったばっかりに、もう書けないので悔しいのである。

 調べてみると1999年の年頭のことなので本当に驚くが、キースさんの「それだけは聞かんとってくれ」に「ピザを科学する」という文章が発表されて、私はそれを読んだ。読んだ瞬間、ああこれは私が書くべき話だった、と思ったものだが、もちろんキースさんのようには書けないのであって、自分なりに、ただしキースさんより面白く書けるかというとそれにも全く自信がない。ところが、少しあとになって、なんの機会だったか忘れたが、キースさんにこの文章に関して「大西科学的なものを目指したけどうまく行かなかった気がする」というような話をうかがったりして、面白かった。みんな、他人の文章を読んでは「これは私が書きたかった」と思っているのかもしれない。

 さて、この「ピザを科学する」を一言で言ってしまう、というのはそれ自体失礼なことなのだけれども、それでも、あなたがリンク先のキースさんの文章を既に読まれているとして、あえて一言で言ってしまうと「スケールメリット」ということである。大きなピザのほうが小さいピザよりも割安である、ということをもとにしている。面積あたりで比較すると、大きいピザは小さいピザに比べて、安く買うことができる。

 ここで、読み返してみてちょっと意外なのは、キースさんの文章にある、表に挙げられているデータを見ると、一番小さい直径20センチ(以下Sサイズと書こう)が一番割高「ではない」ということだ。最も大きい直径36センチ(Lサイズ)がどれよりも割安なのは当然として、SとLの中間、直径25センチ(Mサイズ)のピザはうんと割高で、むしろSサイズよりも面積あたりの価格で高くなっている。「Mが一番割高」というのはかなり意外な事実で、どうしてそうなるのか、にわかにはわからない。たとえば「Mサイズを10枚」ではなく「Sサイズを16枚」と注文したほうがピザの総面積としては多くなり、かつ一割ほど安くなってしまうのだ。焼く手間や配達の手間のことを考えると、手数がかかるS16枚のほうが安くなるのはどうにも解せない。

 他の店舗ではどうだろう。うちの近くにあるピザ店の、あるピザ体系の値段は、こんなふうだった。

P社ピザ料金表
直径20センチ25センチ30センチ35センチ
体系1950円1680円2210円2630円

 キースさんの表では3タイプだったが、こちらの店には4つの直径があるようだ。キースさんに習って面積あたりにしてみる。

P社ピザ1平方センチあたりの料金
直径20センチ25センチ30センチ35センチ
体系13.02円3.42円3.13円2.73円

 やっぱり小さいほうが安くなる。グラフにしてみるとよくわかるのだが、25センチ、30センチ、35センチのピザは、グラフ上で面積を横軸にするとほぼ直線上に乗る。右が下がった、大きくなるほど安くなる直線である。ところが、20センチのピザだけが、その直線からがくっと下がった位置に値付けられているのだ。他の傾向が20センチのピザにも当てはまるとすれば、その価格は1160円くらいになるようだ。実に210円もディスカウントされているのである。グラフも載せておこう。

 ピザには、具が乗っていないフチの部分があるので「具面積」で比較すればSサイズが割高になるのかもしれない。また、一人暮らしでSのピザを頼む「ものぐさな一人暮らし」の顧客は意外に多く、ピザ店の店舗間で激しい競争が行われていて、Sのピザにだけ強い値下げ圧力が働いている、などという可能性も考えられる。それから、宅配ピザには、無料で宅配ができる最低の値段、というものが存在するから、Sサイズのピザの価格をこれ以下に下げることで、サイドメニューを注文してもらおうという意図があるとも考えられる。たとえば「1000円以上なら無料宅配」でピザが950円なら、300円のフライドポテトを追加注文してもらえるかもしれないということである。

 どうなのかわからない。わからない場合、科学者は「このデータに関しては別途、今後のさらなる考察が必要とされる」とかなんとか書いて先送りするのが常である。いや科学者一般がどうかわからないが、私はそんな感じの学生だった。というわけで、今国会への法案提出は諦めて一番小さいピザは来年の通常国会に先送りする。先送りしてしまうと世界は急に透明感を増して、上の三つのピザは、ほぼ直線上に乗っている。それはもう、かなり完璧に近い直線で、最小二乗法で合わせた直線と、三つのピザの実際の価格を比較するとせいぜい10円くらいの誤差でぴたりと合っている。むしろ、ピザ屋さんのほうで同じ計算式を使って、面積から価格を決めているのではないかという気がする。

 ここで、ついやってみたくなるのはこの直線を外挿するとどうなるかだ。「大きくしてゆくとどんどん安くなるらしい」「大きいピザを仮定するととても面白いことになるのではないか」「安いピザで世界の食糧不足が一挙に解決できるのではないか」ということだが、やってみよう。たとえば直径40センチだと、1平方センチあたりの価格は2.31円と推定される。全体の値段は2900円だ。
 直径45センチではどうか。計算式を使うと、1平方センチあたり1.82円で、一枚2890円。驚くべきことに、まださしたる大きさには思われないのに、もう「40センチと45センチでは価格が変わらない」などということになってしまっている。
 以下、面積あたりではなく価格だけを書くと、直径50センチでは2500円、直径55センチでは1590円と価格が急落して、直径60センチとなると、嘘みたいだが、22円になる。面積あたりではなく、ピザ一枚が22円だ。さらに直径65センチになると、これは約26インチで、ふつうの自転車のタイヤくらいの直径だが、マイナス2360円だ。「わが村の誇り、ギネスブックにも載った世界一大きいピザ」クラスでなくても、ちょっとしたパーティなら普通に出てくるような大き目のピザで、もう「食べれば賞金がもらえる」に突入するのである。

 ピザというのが予想外に恐るべき存在であることがわかるが、いくらなんでもこれは変なので、もう少しちゃんと分析してみよう。まず、ピザには固定費がある。一枚注文されたときに、ピザが大きくても小さくても、具を乗せて、焼いて、箱に入れて、バイクで宅配する、といったことにかかるコスト(アルバイト店員に払う時給?)はほとんど変わらないと思われる。生地や具の量は増えているので、大きいピザほど高くなるのは当たり前だが、ピザの価格体系が、どのサイズでもかわらない固定費+面積に比例した材料費となっていると考えると、もう少し議論を深めることができるのではないか。

 やってみると、さっきに比べて、実験値(というか、ピザの実際の値段)があまりぴたりとは理論に合わないのが残念だが、いちおう答えは出て、固定費はおよそ730円、プラス一平方センチメートルあたり約2円の材料費がかかる、となった。この式を使えば、さっきのように「ピザを食べるとお金がもらえる」というような非常識なことにはならない(※)。ピザが大きければ割安にはなるが、ピザをどんどん大きくして、中華料理のテーブルくらいのサイズ、いや、ギネスブックに載るように体育館くらいのサイズにしても、いやいや、宇宙人かなにかに作ってもらうことにして太陽系クラス、銀河系クラスの大きさのピザを作ってしまったとしても、その価格は一平方センチあたり2円の線に近づいて行くだけで、それ以下には決してならないからである。

 ピザの価格表から読み取れる限りにおいて、たぶん、一人用のピザは直径20センチである。少なくともピザ屋さんはそう考えているらしい。注文したピザのサイズの、うんと大きい極限では、このピザの価格は約630円になる。つまり、どんなに大きなピザを無理を言って作ってもらっても、一食分のピザはこの価格を下回ることはない。宇宙人に「地球全人口分の大きさのピザ」を注文して、スケールメリットで安くなるだろうと思っても、そんなピザを買うくらいならみんなで宇宙ハンバーガーセットや宇宙カップラーメンを食べたほうがずっと安くついてしまうのである。まこと、ものぐさは高くつくということかもしれない。一人暮らしでも、お湯くらいは沸かそう。


※ちなみにSサイズのピザの価格はこの式でもやっぱり説明できない。
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