貧乏デフォルト

「ホテルの朝ごはん」というものが、今後どこに行くのか、私は興味を持って注視している。ここで言うホテルの朝ごはんというのは、温泉旅館ではなく、街中に建っているビジネスホテルでよくあるバイキング形式の朝食で、洋食ならベーコンとソーセージとスクランブルエッグとサラダとパンとコーヒーとジュース、和食ならシャケとノリと納豆と関東炊きと味噌汁とご飯、というあたりで構成されているところの朝食である。きちんと調べたわけではないが、私の印象では日本中どこに行ってもだいたい同じものが出てくる気がする。

 この朝ごはんだが、宿泊の有料オプションとして提供される場合、これが例外なく高価である。有料というのはつまり宿泊前に「ご朝食はどうなさいますか」と訊かれて、イエスと答えると宿泊料に上乗せされて朝食代が請求されるというそういうことだが、これが実感として、サービスに見合う価格だったためしがないのだ。確かに、朝っぱらからある程度の内容の朝食を準備するだけで、シェフは早起きしないといけないしバイキングとはいえウェイターも要るのでたいへんな手間ではある。客の中にはバイキング形式を「挑まれた戦い」ととらえ戦士の誇りに賭けて馬みたいに食べる人もいるのだろうから安いサービスではないのは確かだ。しかし、その対価というのがたいていは八百円以上、時として千八百円などという価格設定になっていることもあって、さすがにこれは、ちょっと待て、と言いたくなるのだ。マクドナルドなりコンビニでそれだけ使ったら異様に豪華な朝食になるではないか。あっというまに地球が温暖化しそうな価格設定である。

 冷静になって考えると地球はあまり関係ない。私が勝手な想像をたくましくしたところによれば、これは出張旅費が会社から出るという、そういう立場の人に向けたサービスなので、このお値段なのではないかと思う。どのみち出張中の食費は使っただけ出張費から出るとか、逆に宿泊費と一緒に請求される場合だけ会社が出してくれることになっているとか、そういう宿泊客相手のサービスなら、高価でも利用者はいるし、そのぶんホテルは儲かるからそれでいいのである。ただ、もちろんこういうドンブリ勘定が歴史上、いつまでも続くわけはない。大企業でもそのへんはきっちりやってゆくようになるはずで、そのせいか、朝食は無料提供、というのをウリにするホテルが、地域にもよるが、けっこう出てきているようである。四、五百円くらいの「リーズナブルな価格で提供」という段階をすっとばしていきなり無料になるあたりが、やっぱり上のような想像は正しかったのではないかという疑念をいやおうなく呼び起こす。おぬしも悪よのう。

 私の会社はがっちりしていて出張中の朝食代を出してはくれないし、個人で旅行するときには、ツアーの代金に最初から含まれているような場合を除き、そもそも関係ない話である。チェックインのときに訊かれた場合、朝食は原則断るようにしているわけだが、この断るにあたって、なにか貧乏くさい、自分がひどく小さな人間になってしまったかのような気になってしまうのは、どうしたことか。べつにお金を持っていないわけではなく、ただサービスが対価に見合っていないと思うから断っているだけなのだが、ふうん、まあそうでしょうなというフロントの視線が、いやこれは書きながらだんだん被害妄想というか自意識過剰というか、なんちゅうかイヤラシーい方向に進みつつあるが、要するに、なんかヤなのである。グリーン車とか特等船室とか結婚式の披露宴などは、おおむね、そういったことの繰り返しで商売が成立しているような気もするのだが。

 さて、いったん話は変わるのだが、会社が新たに最新型のパソコンを買ってくれたので、最近私は会社でウィンドウズXPを使うようになった。つまりその前はウィンドウズ2000を使っていたわけで、XP→ビスタという世間一般の流れからは一周遅れているようだ。これは会社が貧乏だからそうなっているのではなく、なにかセキュリティ上の問題があってそうなっているのだと思うのだが、それでわかったのは「ウィンドウズXPは金持ちが作っている」ということである。使っていてどうにも、なんというか見下された目で見られることが多い気がするのだ。誰に。パソコンにだ。もっと言えばマイクロソフトにだ。

 またぞろ被害妄想を書き綴ってなんちゅうかイヤラシーい方向に文章が進んではいけないので、実例を挙げる。ウィンドウズXPには「Windows画像とFAXビューア」というものがフロクでついてくる。デジカメで撮った写真のような画像ファイルを、ダブルクリックするとまずこのアプレットが立ち上がる。これで画像のプレビューを見たり、スライドショーにしたり印刷ができるようになっているのだ。「2000」についていた似たようなソフトに比べて使いやすくて、気に入ってはいるのだが、つまりこれが、金持ちが作った金持ちソフトであると言いたいのである。

 職業柄、仕事をしていて図面のようなものを印刷することがよくあるのだが、このビューアから印刷を行う場合、まず「写真の印刷ウィザード」というものが立ち上がる。この機能は全般に、写真を収めたホルダから好きな写真だけを選んでプリンタに出力する、というあたりを志向しているらしく、私のように図面を印刷する用途にはあまり向いていない感じがするが、ともかくウィザードだ。対話形式で選択を行ってゆくと、簡単にかつ誤りなくほしい印刷物が手に入るというスンポーである。

 ウィザードなので、最初に「写真の印刷ウィザードの開始」というインフォメーション画面があり、以下「次へ(N)」のボタンを押すと次々に設定画面が出てくる。最初は「画像の選択」だ。これは、今開いている画像とたまたま同じフォルダにあるたくさんの画像データを一挙に印刷できるというもので、それはここにあるべき機能かとかすかな疑念を抱きつつも「次へ(N)」を押して「印刷オプション」。その「次へ(N)」が「レイアウトの選択」になる。ここでしかるべき選択を行うとどうやらプリクラ風の印刷ができたりするらしい。しかし今は仕事中なので「次へ(N)」を押す。押すと、だ。

「お待ちください(プリンタに転送しています)」

 あっ、と思ったときにはもうかなり遅い。普通、これが最終ステップで次は印刷実行です、というときには、何か「本当によろしいですね」みたいな最後の確認があると思うではないか。それが、害のなさそうな「次へ(N)」を押しただけで、いきなり印刷が始まってしまうのである。画像データのプリンターへの送信はかなり一瞬で終わり、キャンセルを押す間もなく、画面は自動的に次の「写真の印刷ウィザードの完了(画像が正しく印刷されました)」に進む。

 私は思った。これはつまり、お金持ちの人が作ったからこうなのに違いない。シームレスにインクなり紙なりが消費される段階を通り過ぎてしまい、あっと思ったときにはプリンターからぺろっと無為な紙一枚、それを無駄にしてもなんとも思わない、偏見かもしれないがなんちゅうかアメリカンな精神の上に成り立っているソフトだからこうなのだと。えっ、そんなに紙一枚の節約が重要ですか。失敗したらやりなおせばいいじゃないですかたいしたコストでもないし。なんだとこのスギゴケ野郎。そう思って見ると最後の「画像が正しく印刷されました」というメッセージも妙にさかしらで頭にくる。画像が正しく印刷されたかどうか判断するのは私であって、オマエがそんなこと言うなこのゼニゴケ野郎。

 ということで、ええと、要するに、何が言いたいかというと、ホテルもパソコンも、貧乏をデフォルトオプションにしてやっていかないと、これから先の国際競争が求められる時代、やってはいけないのではないかと思うのです。ああっ、なんだかまたイヤラシーい結論に。


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