初めての子供が生まれたときには、ずいぶん慎重に扱ったものである。たとえばその子が「はいはい」をしているときに横でよその子が歩いている、それだけもう、怖くてこわくて見ていられなかった。なにしろ赤ん坊というものは、頭蓋骨が完全にできていなくて、頭のてっぺんのちょっと前よりのところに押すとやわらかい部分があるのだ。これが閉じるまでは一年くらいかかるそうだが、なんでそんなふうなのか、理解できなくて怖い。赤ん坊を抱っこしていて、頭にちょっと何かが当たっただけで、その後一日は、大丈夫なのかどうか恐ろしかった。揺さぶられっ子症候群について巷間伝えられる話だとか、あと、ベビーカーやチャイルドシートの広告によく「デリケートな頭を守るなんとかゲル」うんぬんと書いてあるのもいけないと思う。どんなに丁寧に扱わないといけないかと思うではないか。よく考えたら人間、それくらいで死んでいてはまともに成長する子などいないのだが、初めてなのでそのへんはわからないのである。
しかし二人目以降は私も大胆になって、けっこう小さい頃から「たかいたかい」の遊びをしている。これは子供をうんしょと上に、五十センチほど放り投げて、それを両手でキャッチする、という、とても危険な遊びであり、あなたは絶対にまねしないでください私は責任は取れないから、と大声で警告をした上で書く。私は、下の子になるほど、まだ赤ん坊のうちからこれをやっていた。とにかく子供に人気があるのだ。一旦私がこれをはじめると、もう上の子から下の子まで全員集まってきて、それはもうやってくれやってくれ私がさきだぼくがさきだあだだうあだだうと寄ってきて、私が汗だくでへとへとになるまでこれを強制される。いや「へとへとになるまで強制される」というのは誤りであり、へとへとになっても許してはもらえない。疲れ切って床に倒れた私の上で、物足りないと泣き叫びながら三人の子供が跳び跳ねまわるのである。そのうち殺される。
とはいえ、この遊びで私が恐怖しているのが、自分の死よりもどちらかといえば「いつかどこかで子供を落とすに違いない」ということである。なにしろ、原理的に言って、このような遊びを続ける限りいつかキャッチに失敗して落とす危険があるのは道理である。イチローだって時には平凡なフライを落球するのに、私がしないわけはない。ところが、子供3人が今、5歳3歳1歳なので合計で延べ10年くらいこの遊びをやっているわけだが、一度受け止めそこねかけて私が自分の親指を反対向きに曲げてしまって痛みにもだえ苦しんだことがあるのが最悪の事態で、子供に関してはどうもまだ落っことさずに済んでいるのだ。不思議だ。
それが何かの証明になるかどうかはわからないが、話は変わる。最近、実はアイポッドを買った。今まで持っていたやつに買い足して、アイポッドタッチという非常に高価なやつを買ったのである。届いてみるとこれが恐ろしい。何が怖いかというと子供と同じだ。いつかこれを私は落とすだろう。そして落としたら壊れるに違いない、というものである。
類似したものを、なにしろ私は何度も落としている。携帯電話はしょっちゅう落としているし、先代のアイポッド(シャッフル)も何度か落とした。ノートパソコンさえ一度落としたことがある。であれば、当然このタッチなやつもいつか落とすに決まっていて、そう考えるとこのタッチのでっかい画面はいけない。アスファルトの地面の上にこれを落とした場合、ぜったいにここが壊れるという確信がある。私の電話は落としたあげく画面にヒビが入った状態でずっと使っているが、タッチの場合タッチパネルになっているここんところを割った場合、実用上非常に困ったことになるのではないかと、それはもう容易に想像されるのである。なんというものを作るのかアップル。自分のそこつさを知りながらなんでこんなものを買うのか私。こんなに落としそうなのに、それなのにストラップもなにもつけるところがないので、いったいどうすればいいかと思いつつ、もう、びくびく使っているのである。殺す気か。
よろしい、私はこのタッチをいずれ落とす。それは運命であり、避けることはできない。では落とすとして、そこのところはあきらめるとして、それはいつだろう。「子供」や「ノートパソコン」とはちょっと落とし方が違うと思うので、やはり電話やシャッフルを参考に考えるのがいいだろうが、電話の場合、今の携帯電話は、どうもこいつが小さいタイプの電話なのでいけないと思うのだが、私は結構落としている。その前に持っていたのから機種交換して、以後約一年で4、5回は落とした記憶がある。この電話(PHS)は内蔵の「W-SIMカード」という部品がフタをあけてちょっと押すと取り出せるようになっているのだが、落とすとこれがなぜか飛び出してばらばらになるので、落とすたびにばらばらになった部品を拾い集めることになってとても辛い。だがそんなことはどうでもいい。これと同じ確率で、もしこのタッチも落とすとすれば、一年で五回、一日あたり1.4パーセントくらいの確率で落とすことになる。
1.4%。たいしたことない。そうかもしれない。確かに、ある一日を取ってみれば、落とす確率は低い。しかし、毎日1.4%の確率で事故に遭うということは、10日目の終わりに「落としていない確率」は88%にまで低下している。そうだそういうものなのだ。この安全率は20日目には77%である。さらに言えば、53日目には「落としていない確率」が五割を切ってしまうのだ。つまり、私が今年の年末まで三ヶ月、このタッチを落とさずに済んでにこにこ笑いながら使っている確率は、わずか三割弱しかないということなのである。たいへんなことだ。絶対落として壊すと保証されたようなものではないだろうか。
ただ、電話に比べて先代のシャッフルのほうは、そういえば落とした記憶があまりない。これは一つには、アイポッドなのでイヤホンという「ひも」がついていて、落としてもひもでぶら下がる形になり、手から取り落としたとしてもそのまま道路まで落ちないで済んでいる、ということがあると思う。使っているのが会社への行きかえりだけ、というのも電話と違うところだが、そういうわけで、使用時の状態に関しても、使う状況に関しても、電話よりもむしろこちらをタッチの危険度判定に使うほうがいいように思える。
このシャッフルを買ったのが確か2005年の3月で、今が2007年の9月末だから、ちょうど2年半使った。その間、よく覚えていないが(というのも、シャッフルというのはかなり「落としても平気」な感じの製品なので)、おそらく3回くらい落とした、と思う。電話と同様に計算をすると、一日あたりのリスクは0.3%程度ということになる。落とす確率が50パーセントを越えるまでに約200日。来年の三月くらいまでは笑っていられる可能性が五割、である。これをどう考えるのか、微妙な話である。せめて保証期間が終わるまでは使っていたいと思うのだが。
実際にはどうなるのか、落として壊したら絶対ここに何か書くと思われるので、ご期待いただきたい。タッチは落とすとどうなるのか、どう壊れるのか、乞うご期待である。
さて、ところで子供だが、延べ十年で1回落としかかったということは、つまり一日につき3500分の1くらいの確率で落とすと考えていいと思う。上の二つにくらべて確率はずいぶん低いくて一日あたり0.03%だが、これは「毎日たかいたかいばっかりやってるわけではないので」という理由があることを申し添えたい。ともあれ、五分五分の確率で落とすまでに約2500日、子供が三人いるので、今から2年4ヶ月あとには、子供を落としている可能性が五割、ということである。
そのときには、一番下の子現在1歳が、実に4歳になっている。幼稚園の年中さんだ。さすがに、ちょっとやそっと落っことしても大丈夫な体になっていると思うので、安心していいのかもしれない。少なくとも、アイポッドタッチよりは頑丈にできていると思うのだ。それよりも心配なのは、八歳の子を「たかいたかい」する私の背骨である。