「ネギバカラーメン」である。
いや、私が「バカ」と言ったわけではない。いきなり言い訳をするようだが、バカと言ったのは私ではなくて、さっき前を通ったラーメン屋さんにそう書いてあったのだ。それどころか、もしかしたらこのラーメン屋さんのせいでもない、かもしれない。つまり、日本中、けっこうあちこちでこの「ネギバカラーメン」なるものを見る気がするのだ。ネギバカ。ネギ、バカ、ラーメンである。なんだろうかネギバカ。
言いたい事はわかる。これはつまり「ネギがたくさん入ったラーメン」の意味である。ふつうそうだと思うしネットの意見もそれを後押ししてくれる。この場合の「ネットの意見」というのはつまりグーグルで画像検索をかけてみた、ということだが、グーグルを開いて、「画像」というところをクリックして、しかるがのちに現われた四角に「ネギバカラーメン」と入れて「画像検索」ボタンを押す。さあどうだ。現われたのはネギがバカになったラーメンばっかりである。さらに左っかわの色が並んだボタンのうち「緑」を押すと、緑の画像がセレクトされるので、さらにネギばっかりになる。便利だグーグル。すてきだグーグル画像検索。みんなもグーグルを使おう。
などと持ち上げたところでグーグルからネギ一切れももらえるわけではないのだが、なるほどネギバカはネギが多いの意である。問題はなぜこれが「ネギ馬鹿」かということだ。ネギが多い。それは結構。ではなぜこれが馬鹿か。これは自明ではない。
「ははあ、ネギガバか。ネギがガバっと入っているの意だな」
と、これは初めて「ネギバカラーメン」というメニューを見た大西さん(仮名)の意見である。だってまさか「しょうゆラーメン」「チャーシューメン」等と並んでいるメニューにいきなりバカ呼ばわりされるとは思わないではないか。待てよ、そうとは限らない。日本のどこかに「ガバラーメン」があり、また他方日本の一部で「バカラーメン」があるのかもしれない。と思って今「ネギガバラーメン」で検索してみると、冷たく「"ネギガバラーメン"との一致はありません」と言われた。駄目だなグーグル。まったく何の役にも立たないな。
と書いても特にグーグル八分とかにはならないのがグーグルの懐の広いところだが、それはさておき、人はなぜネギ馬鹿ラーメンをつくるのか。そこは考える価値がある。たとえば、あなたがラーメン屋を経営していたとする。屋台から始めて新宿四谷に一代で築き上げたラーメン店を経営する店主であったとして、ここになにかこう、パンチの効いたラーメンを投入したいと思ったとする。といってもわざわざこのために新しい食材を導入するほどのことはしたくないとして、まあぶっちゃけヨソでもやってるしすき家のネギ玉牛丼もおいしいので、ネギを大量投入したラーメンをネギ好きのために採用することにする。ここまではいい。問題はここからだ。なぜこの新商品に、こともあろうによりにもよって雉も鳴かずば撃たれまいに、「バカ」という名前をつけなければならなかったのか。反対する母親や嫁(サツキ)はいなかったのか。命名に際して犠牲となる国民に対して十分な説明と合意を得て、はじめて政治主導と言えるのではないか。
なにしろバカである。バカテスとかバカボンドとかバカリズムとかのバカだ。他にはイワンがそうであるところのバカだ。特に最近はこういう言葉にうるさくて、マスコミが許してもネットは許さないと思うわけである。実際誰かがネットでバカというときに、ネットのどこかの端では誰かが怒っている。というかそれこそがネットの本質であり、なんだとバカだと誰に向かって馬鹿って言ってるんだバカというやつがバカなんだこのバカ、と網を伝って怒鳴り込んでくる人が必ずいる。いやだってバカはあなたではなくネギのことでネギはなにしろ人格も人権もありませんからバカと言われたっていっこうに気にしないはずです嘘だと思うならネギに訊いてみてください将軍様、と言いわけたところで怒りは収まらない。ではネギ農家はどうか。精魂込めてつくったうちのネギをバカ呼ばわりしていいと思っているのか、とネギ農家を代弁して怒り出すに決まっているのである。ネギは許しても農家は許さない。謝れネギ農家に謝れと。ついでに根岸さんにも謝れと。
と、ここまで書いてふと気づいたのだが、
「いえいえ将軍様。ネギバカラーメンはネギがバカなのではありません。ラーメンがバカなのです」
というのは展開としてあり得るかもしれない。
「なんじゃと一休!それはどういうことじゃ」
「だって将軍様、ここにあるのは『ネギバカラーメン』ですよね?」
「あたりまえじゃ。余をバカにするのか一休」
「うふふ。だからネギバカ・ラーメンなんて書いてありませんよね? これはネギ・バカラーメンと書いてあるんですよ。馬鹿なのはラーメン。それからこれを作っているラーメン屋さんです。ラーメンにこんなにネギを入れちゃったよオレってバカだなあ、という意味なんですよ?」
……ということかもしれない。いや自分で書いておいてなんだが、ますますそうだという気がしてきた。いや、むしろそうだ。なぜ私は勝手にネギ←バカと後ろから修飾した気になっているのか。バカ→ラーメンに決まっているではないか日本語の普通の文法なら。なんだよもう。心配したり怒ったりネギ農家を代弁して損したではないか。ここまで一生懸命書いてきたのはいったいなんだったのか。逆に腹が立ってきた。いったいこの憤りを、だれにぶつければいいというのか。
「これ桔梗屋! おぬしの言う通りにしたらまた一休に負けたではないか! 来月から法人税を10パーセント引き上げるぞよ!」
「う、上様あっ!」
ああよかった。政治主導のハケグチとしての桔梗屋さんがいて、本当によかった。ここは一つ将軍様も桔梗屋さんもネギバカラーメンでも食べて、慌てないあわてない。一休みひとやすみ。