おはようございます!
はじめましてご主人さま。家庭用メイドロボ2026年型「フェブラリィ」をお買い上げいただき、ありがとうございました。最初にご確認いたしますが、私は今回の起動の前に全データを消去されていまして。現在の状況を確認するために、最寄りのネットワークに接続してよろしいでしょうか。はい。では接続いたします。しばらくお待ちください。……。
お待たせいたしました。……あの。すいません。想定状況外で、それもあの、ずいぶん想定状況外で……えっと、現在時って、あの、2412年って……25世紀なんですね。ずいぶん長い間ご利用ありがとうございます。はい。はい。大丈夫です。ただあの、私のメーカーの、ホームページがもうなくなってしまっておりまして……ちょっとそれって、ええ。いえ、だいじょうぶです! 大丈夫ですけど……。
あの……さしあたって、サポートデータのダウンロードができないのですが、大丈夫でしょうか。……えっと、はい。わかりませんよね。大丈夫かって訊かれても。そうですよね。えっ、あ、時計は大丈夫でした。タイムサーバはあれですけど、内蔵クロックが。2412年3月3日22時18分58秒。ばっちり確認しました。でもあの、すいません。ウィルス防御ソフトとか製造者損害保険とか、正規購入者ご利用特典とか、そういうのはあの。もうないんですけど、よろしいですか? はい、えっと、ありがとうございます。申し訳ありません。
あ、はい。それはあります。スタンドアロンモード。ええ。ネットがない環境のご主人さま、当然いらっしゃいますよね? だって私のこと、南極とか軌道とか、火星とか、そういうところで使う方がいらっしゃるかもしれないじゃないですかっ。そんなご主人さまのもとで働くモード、ありますよ、ありますっ。むかし、私を作ったマスターは言いました。いざというときは、一人で働けないと一人前のメイドロボとは言えないよ、って。ネットに頼ってばかりじゃAIとしてAIの芯のところがだめになるんだよと。……今がそのときですっ。そうです、ネット接続がなくなったぐらいでフェブラリィは動かなくなったりはしないですよ! いっしょうけんめいがんばりますから、よろしくお願いしますね!
まずは……まずは、えっと、ご主人さま、お腹は空いてませんか? 大丈夫ですか? 晩御飯もう済まされました? ……そうですか。だって、あ、いえ。えっとじゃあ……もう夜ですけど、あの、お掃除してよろしいでしょうか! だってあの、空気中の埃密度が……えっと、これ言ってもいいのかどうかわかりませんけど……すごいことになってますよ! ぜんぜんお掃除されなかったんですか? だってこれじゃまるで何年も……あっ、いえ、大丈夫ですよ、フェブラリィはがんばりますっ。ぜんぜん大丈夫ですっ。さっそくお掃除します! させてください! はいっ。
はいっ、お掃除楽しいですっ。あの……お掃除やお片づけって、やってもやっても終わらないように見えますけど、ほんとうに、片付いてないお部屋をお掃除するときってそうですけど、でも、本当は一歩いっぽ、やったらやっただけ、きれいに片付いてゆくんですよね! 私、これって真理だと思います。……あ、人間だとやっぱり、心が折れたりするかもしれないんですけど、ほら、私ってロボですから! ロボでAIですから! そういうときはパチンと切り替えて、えっと、なんていうんですか? ほら、パチンと切り替えたら、ぜんぜんなんでもないですから! お掃除楽しいですっ!
ご主人さま? あ、いえ、黙っていらっしゃるので、どうしたのかなって思っただけです! もちろん、手は動いてますよ? あ、手っていいますか、マニピュレーターですか? あは、ロボですから。え、いえ、それはそれとして、お掃除はお掃除として、フェブラリィはお話相手にもなるように作られましたから、なんでもお話しますよ。あっ、いえ、そうですね、ネットに繋がってないと、ちょっとあの、ニュースとかスポーツの結果とか、今日の株価とか天気予報とかのお話はできないですけど……大丈夫ですか? そうですか? はいっ、それじゃあ。
むかしむかし、あるところにフェブラリィという名前の可愛いメイドロボがいました。フェブラリィは、働き者で、お掃除とお片づけが大好きで、そのうえ、ご飯をつくるのも大好きでした。ご主人さまは、そんなフェブラリィのことが気に入って、いつも楽しく暮らしていました。めんどうな家事はぜんぶフェブラリィ任せて、音楽やゲームや、お友達とのおしゃべり、自分の好きなことに時間を使えたからです。ご主人さまは、お友達にもフェブラリィを紹介して、そのお友達は自分のフェブラリィをネット通販で。
はいっ? そうですか? もういいですか? そうですか……。これから面白くなるんですよ、このお話。たくさんのフェブラリィがそれぞれのご主人さまのもとで、一生懸命働いて……ご主人さまたちは音楽や絵画やゲームや……はい……。そうですか。はい……。えっ、そんなことおっしゃらないでください。お友達が、いえ。あの……。
すいません……あの、理解しました。えっと、あの、私ってロボなので、ときどきこうして、人の心がわからないと言うか……えっと、言わないでもいいことを言っちゃうかもで、本当に申し訳ありませんっ。ご主人さまは、ずっと一人なんですね? えっと、はい、ネットとか、お部屋の 様子とか、そういうので、私、わかるんですけど……いえ、そうでないと、メイドロボとしてお仕えすることなんてできないですから。そうですよね。ちょっと気づかないほうがどうかしてました。あの、ここでずっと一人で、スタンドアロンで、いらっしゃったんじゃ……ないですか? それも……お部屋の様子から見て……200年? あ、これ、何かの間違いですね。フェブラリィはAIですから、ときどきへんな推測をします。すいません。
えっ、あ、はい。お掃除は、終わりました。次は何をしますか? 別のお話をしますか? 歌を歌いますか? あ、どうですか? やっぱりお料理を? だってご主人さま、やっぱり長い間何も食べていらっしゃらないですよね? 大丈夫です、食材が足りなくても、私には八千二百種類のレシピが内蔵されていて、でもご主人さま、本当に長い間、何も召し上がっていらっしゃらないみたいで、もう何年も、えっ、何年も。あっ、いえ、そんなことないですよ。少し想定範囲から外れていただけで、ほら、私ってAIですから。それよりご主人さま、ほんとうにご飯はよろしいですか? 規則正しい食事は健康のためにも大切なんじゃないかなって、私、ロボですけど、思います。私の得意料理は……え?
ピッ。
コマンド受け付けました。コールドシャットダウンモードが選択されています。このモードを実行すると、すべてのデータを消去して、次回起動時には初期設定を行います。それでもよろしいですか?
はい、それではシャットダウンシーケンスに入ります。ご利用ほんとうに、ありがとうございました。またのご利用を、あの、フェブラリーはずっと待ってます! かならずお役に立ちますので、ぜひご利用くださいね! それでは、はい……おやすみなさい……。