帰納法の階段

 死んだ物理学者と数学者は、自分たちが美しい大地に立っていることに気付いた。二人が状況を飲み込めず、顔を見合わせていると、どこからか声がした。
「のぼるがよい。のぼりきることができれば、おまえたちは天国に行けるだろう」
 二人はそこに長い階段があることに気付いた。見上げると、階段はどこまでも続いている。物理学者は階段を回り込み、叩いてみて、材質や硬さを調べ、結論づけた。
「無理だ。このような階段が存在するはずはない。力学的にこのような形状で自重を支えられる物質は存在しないんだ。だから、この階段は登れない。天国に行けないとしたら、残念だな」
 それを聞いた数学者は軽い足取りで階段の一段目に登ると、こう言った。
「階段の一段目に登るのは簡単だ」
「ああ」
 物理学者はうなずいた。数学者はもう一段登ると言った。
「n段目にいるときに、n+1段目に登るのも、容易だ」
 筋が飲み込めた物理学者は、なるほど、とうなずいた。
「したがってすべての段にたどり着くことができる。QED」
 そう言うと数学者は段に座って、愉快そうに笑った。物理学者も笑った。
 二人とも結局天国には行けなかったが、べつにどうということはなかった。


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